依頼でもないん
ぼくの名前は菜隠という。
昔、昔と言ってもさほど昔でもないけれど、前いた世界では俺はあんまり体力がなかった。少し走れば息が上がるし、力だってそんなに強くない。
良く格闘技とかの番組で強い男の人を見ると、なぜだか無性にみじめに思えたのを、今でもたまに思い出す。
この世界来て、最初の頃は息切れも良く起こしたけれど、今の俺があんまり息切れを起こすことはなかった。
俺って、やっぱりいいにくい。タイプじゃないっていうのか。空気じゃないっていうのか。
でもぼくだとなよなよしい気がして、どっちにすればいいのか迷ってしまう。
「ん」
旅をしていた時に嗅いだ匂いが漂ってきた。
森の中を歩く事数時間、やっと見つけた。ドレイク草だ。
乱雑に生えた大根のような葉に顔を近づけて、匂いを嗅ぐ。
「ふんふん」
ドレイク草はショウガみたいな匂いがするので割とすぐに見分けられる。
聖者の行進を掲げて、雷鱗を発動。
「ほあー」
別に掛け声とか必要じゃないけれど、苦笑いしながら捻じれた鈍器を振り下す。鈍器はドレイク草の芯に触れ、神鳴りを通して麻痺させる。
麻痺したら掘り起こして根と葉を切り分けて分断。根を地面に戻せば完了だけど根も持ち帰ることにした。根はタコの足のようになっていて分岐しているほど質がいい。ひっこ抜かれまいとこの根が地面に食い込んで普通はなかなか抜けないし、例え抜いても体に絡みついて逃れようとする。子供が大物を引いたら逆に殺されてしまうこともあるため、取り扱いには十分気をつけないといけない植物だ。
「やっぱり割りに合わないな」
取れたドレイク草を掲げる。根っこは麻痺が治ると暴れだすので雷鱗系魔法神鳴りを超低出力で根に通し、繊維を引き裂く。人間でいうと腱や筋肉を断ち切って動けなくした状態だ。
雷鱗は身にまとうもの、体から体に移動するもので、神鳴は体から対象へ放出するものだ。雷鱗は防御系、神鳴は攻撃系。でも二つは異なるとも同じものとも言える。
体中にまとった雷鱗を全て神鳴に変更することも可能だ。
指が触れると根は刹那に痙攣し、首根っこを押さえられた猫にように動かなくなった。
これを十回で銅貨二個。
「おっ」
大物だ。雷鱗で痺れさせる。
「綺麗に取れた」
地面ごと引き抜いてもいいけれど、もしかしたら誰かに見られてるかもしれないし、雷鱗系魔法をあんまり人に見られたくない。
さっきまでのやり取りで何をするにも許可がいりそうで怖い。
なにその魔法、怪しい、許可書は? え? ないの? じゃあ逮捕ね。とか嫌すぎる。
根がかさばる。根は一個でいいや。この植物の厄介なところは、いったん引き抜かなければいけない事だ。引き抜くことによって葉に回っていた毒が己を守ろうと急激に根に凝縮する。毒の抜けた葉がいい薬になる。
依頼は討伐系の方が多く、採集系は報酬があんまり良くないらしい。
十個で銅燐貨二枚は絶対わりに合わない。
雷鱗を発動するといつも思う。まるで生きている雷のようだって。蛇のようにしなやかで鋭い刹那の光。発生点と終着点の間を通る軌跡がまるで蛇みたいだと思う。
体の中に雷で体を構築された蛇がいるみたい。
舌を出すと、一筋の光の線が不規則に口の中を飛びまわった。痺れるような痛みが少しと、通電するような音。口の中に複数の雷鱗をまとう。これ好き。常に臨戦態勢だった頃は絶やす事なく口の中に雷鱗を展開していた。
地面から水が沸き上がってくる。地面に潜んでいたスライムたちが、住処の異変に驚いて出てきたんだ。
この世界のスライムは楕円形をしている。薄い外膜に覆われて粘液状、中にエレメージェバイトがある。緑、赤、黒、白、黄土色、右に行くほど危険だ。
特に黒は魔王によって改変された種で、魔法が効かない。雷鱗は効くけど、アルメアにとっては天敵だ。
魔王によって改変された種族は魔王の眷属とか魔王の影なんて呼ばれている。
眷属は生物として何処か逸脱していて、奇抜だと思う。たぶん、生存するために生まれたものじゃないから。
黄土色のスライムは溶解液が外膜になっているので触れただけで人間は溶ける。
赤は毒持ち、白は突然変異型で人間の口や鼻から侵入し、細かくなると小腸から吸収され血管を通り、脳に侵入すると集まって脳細胞を食い散らかす嫌な奴だ。別名スライム病。
なんでこんな事を知っているのか。それは勇者だった時にその病気にかかった事があるからだ。傭兵が二人ほど亡くなった。死体をマーガレットさんが解剖し、判明した病状だ。
人の中身を見たのはそれがはじめて。体は血を嫌がったけれど、人間の中身って意外ととても綺麗な色をしていると感じたのもその時だった。特に内臓系の色は綺麗に思う。
街の近くだからやっぱり緑しかいないな。緑は人間の住処の近くに好んで生息する種だ。人間の汚物や廃棄したゴミなんかを好んで食べる。携帯トイレとして持ち歩く人もいる。
さらにこの緑の種のエレメージェバイトはブルーウォーターの材料になる。
今取ったばかりのドレイク草から抽出した液体と合わせて作る混合溶液は、消化されずに胃を巡り、小腸、大腸を綺麗にしてくれる。
特に傷ついた小腸や大腸が再生する手伝いをしてくれるので調子が良くなる。これとてもすごい事なんだ。夕食後に飲んでおくと次の日の朝すっきりする。
匂いも軽減されるし。
ちなみにスライム系モンスターの事をスライムとは呼ばない。別名フェイス。胴体がないのでそう呼ばれている。緑ならグリーンフェイス、黒ならブラックフェイス。
自作したら売れるかな……。そんな浅はかな事を実行しようとしている。
口を開いて口の中に飛び交っていた雷鱗の一つを解き放った。
口から洩れた蛇は刹那の軌跡を描き、スライムの外膜、内液を吹き飛ばす。
雷鱗は口の中から放出された直後に神鳴となり、土属性に雷は通らないから弱いって言われているけれど、そんな事ない。衝撃だけで吹き飛ばせるし、通電するだけが武器じゃない。その実は絶縁体である空気をも切り裂くほどのエネルギーを持っているという事なんだ。
発生すれば衝撃だけで岩ぐらいなら容易に破壊できる。
こんな口の中で遊ばせている一撃でも生物を余裕で破壊するほどのエネルギーがある。
本気で放ったことは何度かある。少なくとも魔王城を含め辺り一面を灰色に染めた。
灰だらけの不毛の地、七年たっても灰しかなかったってことはやっぱりあんまりいい力じゃないのかな。
ちなみに魔王の外鎧に雷鱗は効かなかった。魔王もたぶん雷鱗を持っていたんだと思う。同じ力を持ちながら、違う方を向いていたのはなぜだろう。
ぼくが人で、彼が魔王だったからなのか。
あぁまたぼくって言っていた。俺ってやっぱりいいにくいな。かっこつけてる気がして、女の人とかに馬鹿にされそう。少なくともシシリーに、俺って言葉を使ったら、
「かっこつけてるの? そういうのださい、不相応、かっこいいとでも思っているの?」
だって馬鹿にされた。
「うぅぅぅ腹立つ‼ 別に呼び方ぐらいどうでもいいじゃんか‼ うぅうううう‼」
嫌な事思い出した。落ち着こうよ実年齢は二十六歳だよ。……サーセン。
「あっ、人がいる」
話し声が聞こえたのでぼくは舌打ちしてちらりと背後を見た。
若い男女が数人来た。高校生ぐらいだろうか。大人には見えない。
「あの、ここ、いつも私たちが狩場にしてて」
「すみませんが、ほかに行ってくれませんか?」
見るに同じ傭兵社の人達でぼくと同じ二等兵みたいだ。ぼくの首輪に二等と刻まれているように、この人たちの輪にも同じ文字が刻まれていた。
「はぁ?」
ぼくはエレメージェバイトを回収してその場から立ち去ることにする。言いたい事はいっぱいあるけれど、こういう人たちは自分達こそが絶対正義で自分の思う通りにならないと気がすまない人達なので、言葉を返すだけ無駄だと思う。正当性を主張すると逆恨みを買うかもしれないし、もしかしたらわかっていてやっているのかもしれない。だとしたら大した心臓だと思う。と相手を悪者にしてすっきりした。
他者を傷つけてでも目的を達成する。でもそういう人間ほど、仲間が多いと思う。もしかしたらそういう人間に仲間が多いのって、自分の変わりに誰かを傷つける人間が必要だからなのかもしれない。相手を批判するために必要な材料を素早く集め、言葉としてなすことに頭の良さを見るからなのかもしれない。
「あはっ良かった」
「さぁ今日も頑張ろう」
沸いて来たフェイスを彼らが狩るのを後にした。
しばらく歩いて距離を取ったら、もう少しエレメージェバイトを取ることにする。
二回足で地面を叩く。地面に低出力で神鳴を走らせて索敵、出力を押さえて発動し、地面にいるフェイスを驚かせる。同時に近くに人間がいないことを確認する。
「いっぱいいる」
這い出してきたグリーンフェイスを口の中で遊ばせていた雷鱗で破壊する。うまく外膜だけを吹き飛ばす威力に調整するのが少し難しい。
一回発動するだけで、フェイスの大半を殺してしまった。こうしてみると、ひどい虐殺だと思う。でもグリーンフェイスは数が多いし、増えすぎると木々の根を食べて枯らし、砂漠化を進めてしまうので、ほどほどに狩らないとこの辺りの森は消えてしまう。
これマーガレットさんの受け売り。
「ねぇねぇ、こっちにすごいスライムいるよ‼」
また? またなの?
ちらりと背後を見ると、先ほどの人達がいた。
「あっ、またいるよコイツ」
「ここら辺のうちらの狩場なんだって‼ 悪いけど移動してくれない?」
「ここも?」
一応聞いておく。
「あぁ? ここもだよ」
男が一人前に出てきた。金髪であまり目つきのよろしくない男は、ぼくが近づいてほしくない近距離まで近づくと、顔を見下げてきた。
これ一応脅してるんだ。
「あんまり近づくと臭いよ」
「はぁ!?」
「ぼくの息がね」
「しらねーよ‼」
顔がすごい近いんだけどホモなのかな。
「お前……なかなか」
「早くしてよ‼」
「わーってるよ。ここ、俺らの狩場だから、向こういってくれ」
お前なかなかなんなんだよ。言いかけてやめるなよ。ハゲろ。
エレメージェバイトを回収し、移動することにした。
「あのっ、ごめ、ごめんね」
通り際にリシアの女の子が呟いた。
胸、大きいですね。リシアの服装は体のラインをより強調するので胸のラインもダイレクトに反映される。そう、ダイレクトに反映されるのだ。
それだけでぼくはもう満足だった。心の中で親指を立てておく。
君のためなら死ねる。
今日はもういいや。大きいおっぱい見れたし帰ろう。
大きなおっぱいを見ていると見せかけて、実は胸の影に隠れていたお腹に興奮してたなんて言えない。顔を両手で覆って首を振る。素敵なお腹でした。下腹のラインがとってもいいです。
街に戻ったらイミコに寄っていく。
「おっ、なんだお嬢ちゃんこんな時間にどうした?」
さすがにもう夜だ。傭兵社に寄ったのはお昼だし、部屋を紹介されたのは昼すぎ、元の世界の時間で言うと大体20時ぐらいかな。
「これ、換金できますか?」
束にしたドレイク草の葉とエレメージェバイトを提出する。
「おっ早速取ってきたのか。お嬢ちゃん、狩りを良くわかっているね。初日でこんなとれる人間はそうそういないよ」
「ありがとう」
ハゲのおっさん。
おっさんは筋肉ムキムキで汗臭そうだけど、意外と汗臭くもない。清潔なマッチョメンだ。
「そうだな。ドレイク草が十五個とエレメージェバイトが八個か。銀燐貨一枚ってとこだな」
「そんなに高いの?」
「ドレイク草は十束で銅燐貨二枚、つまり五束で一枚だ。エレメージェバイトは二個で銅燐貨一枚だ。合わせて銅燐貨三枚と、四枚、合わせて七枚だな。で、今の相場だと銅燐貨七枚で銀鱗貨一枚になる。銅燐貨で渡したほうが良かったかい?」
「そうでもないけど。ちなみにブルーウォーターはいくらなの?」
「精製できるのかい? そうだね、今ブルーウォーターは銀燐貨二枚ってところだね」
精製した方が高い。
「精製するならフラスコ売るけど、どうする?」
「……お金ない」
「がっはっは、大丈夫だ。借用できるから」
この会社ぼくを借金漬けにしてどうする気なのだ……。
「ちなみにいくらですか?」
「特殊ガラス製の丸形フラスコが一個銀燐貨二枚、三角フラスコが銀燐貨二枚、アルコールランプがアルコール入りで銀鱗貨五枚だね。入れ物のスクウェアフラスコが銅燐貨二枚になるな。乳鉢と乳棒、薬包紙はおまけだ」
頭が痛くなってきた。借金しかないよ。これでブルーウォーター作っても売れるかどうかもわからないのに。
「ちなみに貸出なんて……」
「してないね」
はげろ。
「じゃあ丸形とアルコールランプと四角の5つ下さい……」
「あいよ。ここにサインしてくれや」
「ぁい」
ダメだったら踏み倒してやる……。
「じゃあこっちのは」
「使います……」
「あいよ。そういえば、リルを指名しなくていいのかい?」
「ダレですか?」
「以外に手厳しいねお嬢さん、リル、今何してるんだ?」
「あぁ、リルさんなら誰だったかが指名し損ねたそうで、追いかけていきましたけど、確か森にいったとか」
「あいつ仕事中になにやってんだ?」
「一応それも仕事ですからね、ベルツァーさん」
「そうか。あっ、アーリエさん、この後夜勤と交代ですよね」
「あっはい」
「もし、よかったら」
「はい? あらっあなたはないんさんですね。リルがあなたを追いかけて寮へ行ったそうですが、いなかったので森に向かったとか」
「へー」
なんでだ。なんで追いかけたのだ。嫌な予感しかしない。
「お逢いになっていませんか?」
「なっていません」
「お嬢ちゃん、意外に冷めてるね」
「わたし、今日はもうあがりなので、ないんさん一緒に帰りましょう」
「えっ?」
ぼくはおっさんの方をちらりと見た。
「あっ、そういえばベルツャーさん、わたしに何か?」
「いやーあっはっは、これからごはんでもどうかな……と思いまして」
ちらりとおっさんがぼくを見る。なんだよー。ぼくに助けを求めるなよー。
「ベルツァーさん、今日は遅番ですよね? お仕事さぼっちゃメですよ」
「あっはっは、そっそうですね」
照れるおっさんが計り知れなく――ぐっと歯を食いしばる。
「ないんさん、目つき、やばいですよ?」
アーリエさんと連れだって傭兵社から出た。
なんだか少しみじめだ。ぼくはもう二十六歳なのに恋愛したことがないし、彼女ができたこともない。
こんなにもイライラするのは恋をするおっさんの事が羨ましいからなのかもしれない。
自分の感情に揺らぎができるのは何か原因があるからだと思う。それがわからずに怒りや焦りとして表現してしまう。何を怒りや焦りと感じているのか、感情の高ぶりや揺さぶりを感じた時は、なぜそう思うのか考え、理由を知るのがいいとぼくは思う。
「どうしたんですか? ないんさん」
「ううん。恋っていいですよね」
「恋……ですか? そうですねいいですね恋って」
恋する女性はかわいらしい。恋する女性は二倍可愛らしい。そして自分を好きだと勘違いしたあげく告白して渋い顔をされるところまで浮かんだ。
「アーリエさんは好きな人いるのですか?」
「えっわたしですか? そうですね。いると言えばいますね」
「へーいいですね」
やっぱりいるよね。なんだか胸が掻き毟られるような気持になり、頭が重くなるのは妬ましいからなのかな。みじめだからなのか。ぼくってちょっと外道すぎない?
「でも、片思いなんですよ」
「そうなんだ」
「えぇ、いつも一緒にいるんですけどね」
べるつァのことかあああああああああああああ‼
ハゲロ……ハゲてしまえ‼
「おっお嬢ちゃん‼ 傭兵にはなれたのかい?」
誰か話しかけてきたと思ったら昼間の屋台のおっさん達だった。
「あ、とりあえず登録はできました」
「そうかい‼ どうだい? ここはひとつお祝いに食べていかないかい?」
お祝いもなにも借金しただけなんですけど。お祝いってなんですか? 借金のお祝いとか嫌な人達ですねぷんぷん。
「いいですね。ないんさん食べていきましょう」
「お金ないです」
「今日はわたしが奢りますよ」
それはダメだ。デートの時は必ず男が奢る、女の子と出かけるときは必ず男がお金を出すと姉にきつく言われている。
「いやっそれは、ダメ、です」
「いいですよ。遠慮しないで下さい」
「おっアーリエさん、今日も美人ですね」
「いつもお上手ですね」
「どっどうですか? 今度のお休みに一緒にお出かけでも」
「お休みですか、今度は何時になるのか」
「そっそうですよね」
「てっめぇ抜け駆けすんなよ‼」
「うるせハゲ‼」
「お二人はいつも仲がよろしいですね、ふふっ」
やばい、この人たち光の戦士だ。闇の戦士とは相いれない存在だ。今の時点でぼくは吐血しそうだった。
良く言えばおとなしいタイプ。悪く言えば根暗なぼくに光の戦士はまぶしすぎる。
「さぁ、ないんさん席についてくださいね」
「あっでもっあのっ」
「さぁ、荷物は置いて」
手を引かれて強引に席に着かされてしまった。夜になって日が沈むと、昼間のような差し込む蒸し暑さはなくなり、海から来る冷めい風と地面から放出される柔らかい温かさに包まれる。
「はい、おまちどうさま」
「ありがとう」
お昼に食べた肉だけじゃなくて、意外とメニューが豊富みたいだ。
「これ、なんですか?」
「グリムチーバさ」
いや、グリムチーバってなんだ。
「食べてみたいですか? 遠慮しないで注文してくださいね」
「えっ」
「遠慮しないでね。ないんさん、借金ばっかりでしょ? 傭兵社に登録に来る人の大半は初日にご飯食べなかったりするんですよ」
「そっそうなんでぃすか」
噛んだ。
アーリエさん、普通にいい人なんだ。確かにぼくは今日、借金まみれでごはんを食べれなかった。
「ところで、フラスコを買ったみたいですが、ブルーウォーターを自作なさるのですか?」
「うん」
うんって言っちゃった。子供みたいで嫌だな。
「はい、自作しようと思って、います、たぶ」
たぶんて言いたかった。
「すごいですね。ないんさんは無職ですよね」
「はい」
「普通自作する方は学校を卒業している方が多いので、あっごめんなさいね」
「いいえ」
「へい、熱いの、おまちどう」
「あーありがとう。この熱いのが好きなのよね」
アーリエさんが今飲んでるのはお酒みたいだ。
「お嬢ちゃんないんって言うのかい?」
「そう」
「ほー珍しいな、伝説の勇者様と同じ名前だなんて」
「そう?」
「そりゃそうさ、今の王様がね、おふれを出したほどで、魔王を倒してから子供の名前にナインって名前を付けることを固く禁じなさったんだよ」
「あーそれ、私も気になっていました。ほんと珍しい名前ですよね」
「そうなんだ」
「ちなみに第一王子様の名前もナインって言うんですよ」
「へー」
「もうあれから七年も経つなんて、時代は流れるもんだなー」
「そうですね。わたしはその頃まだ子供でしたから、同い年の少年が魔王を倒したって聞いた時はびっくりしました」
「そうそう、本当に成し遂げてしまったんだからね、ありゃ本当にすごいよ」
「アーリエさん二十六歳なんですか」
「えぇ、そうですよ。よくわかりましたね」
「十六歳ぐらいに見えます」
「もう、ないんさんてばお世辞がうまいんだから」
同い年なのか、全然そんな風に見えない。
「あっ見つけた‼ お前、やっと見つけた‼」
「あら、リル、何処行ってたのよ、ベルツァーさんがカンカンに怒ってたわよ」
「あのハゲの事なんてどうでもいいけぇ。お前っずっと探しとっとぞ!?」
なんで?
青黒い髪のリルさんは美人の類だと思う。化粧してるのかな。身長はぼくと同じぐらい、ぼくの身長は165cmぐらいで、リルさんはぼくより少し低いくらいだ。
「あたしを指名しろって言ったよな?」
言った。けど、それがどうかしたの?
「言ったけぇの‼ ちょっと詰めてよ」
「やっもう、リル‼ ちょっとっあっん」
「変な声だすなよ」
「リルが強引すぎるのよ」
リルが強引にぼくとアーリエさんの間に割り込んで来た。
大きい目はネコ科の動物を思わせ、しなやかな体付きと相まってリルさんはクロヒョウのようだ。
「なんであたしを指名しなかったんだよ‼」
いなかったので。
「そこは指名してくれれば行くから‼」
ぼくが言葉を発する前に、すでにリルが言葉を発している。これがコミュ力の差か。
「なんだよ、何黙ってるのさ」
君がぼくが喋る前に喋るからだよ。
「指名なんて、珍しいわねリル」
「そっそりゃ、お前初日だし、借金まみれで大変だろうから、夕飯でもご馳走しようかと思ってだな」
傭兵社ってみんなを借金まみれにさせるね。
「ふふっそうね。傭兵社に来る人たちって大概がまっとうな職につけなかったり最終手段として所属する人が多いからね。借金に追われていたり。そういうのを助ける面で借用システムがあったりするわけだから」
踏み倒されそう。
「結構踏み倒されたりするのよ?」
心読んでるの?
「踏み倒す奴の大抵は死んでるけどの」
「ちょっと怖い」
やっと言葉を口にできた。聞いてから考えて言葉を作るのにぼくは時間がかかる。
「いや、しゃーねーだろ。そういう仕事なんだからさ。オードにやられる間抜けだっているのさ」
「そう」
オードは小型のイヌのようなモンスターだ。茶色の毛に覆われていて、特徴としてはお腹の部分の毛だけが白い。
目は真っ黒で白目がなく、表情変化のない顔は一見すると可愛いが良く見ると不気味だ。四足歩行が主流で爪や牙が武器だけど、種類によっては二足歩行したり、手に鈍器や刃物を持って襲い掛かってくる者もいる。
小さいうえに集団で襲い掛かってくるために、普通に相手をするだけだど骨が折れる。ぼくは雷鱗で一掃できるけど、ほかの人はそうじゃない。
リルが肩に手を回してきた。
「ここはあたしが奢ってやるよ」
顔が近い。やだっどうしよう。リルの事好きになっちゃう。
「あんまり近寄らないで」
「はぁ!?」
女の人に優しくされたり親しくされるとすぐに好きになる。もうリルの事好きだもん。拒絶したり平常を取り戻すのが大変なんだ。
「リル、ちょっと、ここはわたしが奢るって」
「アーリエ、たまにはあたしに譲れよな。お前、ほかにもいっぱいいるんだからさ」
「人聞き悪い事言わないでよ。まるで節操なしみたいじゃない」
「違うの?」
「違うわよ」
「はいはい、善意ね、善意で奢ってるのね」
「すぐそういう言い方する。ごめんなさいねないんさん。そんなつもりじゃなかったのだけど」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうアーリエさん」
「なんだよ。二人仲良くなっちゃってさ、おっさん、あたしにも酒」
「あいよ」
「そういえば、あたしの名前、ちゃんと言ってなかったよな」
「リルって聞いた」
「まぁそうなんだけどさ、あたしの名前、リルウォンロットって言うんだよ」
「ウォンロット?」
「そ、あんたのナインと一緒」
それで指名してほしかったの?
「伝説にあやかろうと思っての」
そうなんだ。
屋台の料理に舌鼓を打つ。
「そういやさ、お前が面倒みとる若い六人組? 今日頑張っとったぞ」
「あら、そう? あの子たちって何処かあぶなかっかしいのよね。子供っぽいっていうか」
「まだ学生だろ」
「うん。だからついつい肩入れしちゃうのよ、うふふっ」
「立派なおばさんだな」
「うるさい」
「ないん、お前十九なんだよな。もう酒飲めるだろ。ほらっあたしの飲めよ」
「やだ」
「なんでだよ‼」
「えっないんさんて十九歳なの!? びっくり、まだ十五歳ぐらいだと思ってた」
「そうなんだよ。それでさ――やっぱいいや」
「なにそれ‼ 言いかけてやめないでよね」
二人は仲がいいみたいだ。コミュ障のぼくがこの会話に入る隙はない。どうしてこう話題についていけないのだろう。
「あっないんさん。これ、美味しいんですよ」
「あっこらっあたしが唾付けてんだからやめろよな」
「はっ?」
「なぁなぁないん、頬触っていいだろ? 柔らかそうだよな」
「ダメ」
あんまり馴れ馴れしいと抱きついてぎゅってしたくなっちゃう。高校生の時はそんな事なくて、授業中にエッチな妄想をしてたけど、復活してからは女性を見ると無性に抱き着きたくなってしまった。
エッチな事考えてると授業が早く終わるんだよなー。
やだな。発情期がパワーアップしてるのかな。おっぱいじゃなくてもいいの。ただ女の人に抱き着きたいの。きっと柔らかいと思う。それだけできっと幸せになる。匂いとか感触とか、きっと素敵なんだと思う。
「なんでだよ‼」
「やだ」
「別にいいだろー」
「やだ」
「なんでだよ‼ 触らせろよ‼」
「絶対やだ」
まぁでも本当にやったら犯罪なんだけどね。
適当にご飯を食べたら寮へ帰る。ちなみにリルさんは三階で、アーリエさんは四階に部屋を借りているみたいだ。ちょっと幸せ。
「ほいじゃまたの」
「また明日ね、ないんさんもおやすみなさい」
「ん」
勘違いだけはしないようにしなきゃ。
「うわぁああああ」
部屋にもどったら女の人と話したから妙に興奮してしまって、落ち着かなくて、部屋の中をいったりきたりしてしまった。
「恥ずかしい」
ベットに飛び込んで顔を埋める。顔が熱を帯びて暑い。足を交互に振り回す。
「はぁ……もうしっかりしてよ二十六歳」
聖者の行進をドアの横に立てかけて、真っ暗な部屋は静かで埃が住んでいるみたいだった。ドアの右上にあったカンテラを取って、備え付けられていたマッチをする。燃え上がる炎の輪郭、儚い炎をカンテラへと移し灯すのはまるで命の延命を連想させる。カンテラの蓋を閉じると、心地よい密閉音が聞こえた。
フラスコとドレイク草、エレメージェバイトをテーブルに並べて、アルコールランプに火を灯す。
水とドレイク草を丸形フラスコに入れて、アルコールランプで熱する。少しずつ気泡の増えていくフラスコの中で、ドレイク草の成分が溶け出し、水の中に色を灯していった。黄緑が 「私を受け入れてなんて」 誘惑するように水に浸透し、色味を増していく。
ここで沸騰させないのがブルーウォーターを作る点で大事な事。
八十度ぐらいになったら離して、ゆっくりと余熱で十分に煮出す。その間にエレメージェバイトを乳鉢で細かくつぶして、とにかく細かく。
エレメージェバイトはまるで宝石みたいで、中に幾重もの神経線が見える。神経線の通り道がまるでスライムの核を機械のように見せる。まるで宝石の中に回路を作ったみたい。エレメージェバイトは一見するとエメラルドの原石と相違ない。
乳鉢に入れて、乳棒で軽く叩く。ちょっとずつちょっとずつ、ヒビを入れて、ちょっとずつちょっとずつ破壊してく。乳棒が乳鉢に当たる音が好き。
『コンコン』
はじくと、陶器の跳ねるような音。
ここで手を抜いちゃだめ。繊細に細かく細かく。
手の平に乗せて軽く息を吹くと消えるぐらいが丁度いい。
冷めてきたフラスコを円状に回して、色を確かめる。ここでオレンジ色なら成功、ほかの色なら失敗だ。
引っこ抜かないで採取したドレイク草を使うと、ここで黄色になる。猛毒な液体なので注意が必要だ。
アルコールランプの熱気に当たらないようにフラスコをかざして色を確かめる。
「オレンジ色だ」
うまくできたみたい。
細かく砂状にしたエレメージェバイトを薬包紙に飛ばないように落として、三角に包み、フラスコ内へゆっくりと落とす。
注ぎ込まれた粉がフラスコ内へと滑り落ち、触れた部分の色を変えていく。
濃い青色が完成品の証、黒くなったら入れ過ぎ、水色だと少なすぎ。
この青の色の選定がとても難しい。黒に近くしかし青だと認識できる色がブルーウォーターのもっともいい色だと言われている。
丸形フラスコを円状に揺さぶって色の定着を見定める。
「まぁいいっか、こんなもんで」
ある程度色が変わったらスクウェアフラスコに移して、冷ました時の色が良ければ売り物になるはず。温かい時と冷めた時でまた色が微妙に変わるのが難点。
最後にマッチを擦って、スクウェアフラスコの入口にかざし、マッチの熱気のあるうちに素早く栓をする。
「ふー」
同じ作業を繰り返す。一個、二個、三個、四個、五個。
ドレイク草は全部無くなって、エレメージェバイトが三つ余った。
ドレイク草をどれくらい使うのか、バランスを考えるのも難しい。
「できたー」
最後の栓を閉じて、
「ふー」
灯していたマッチの火を吹き消した。
本当は雷鱗でもいいけれど、ぼくはマッチの方が好き。
窓の外を見ると、辺り一面は真っ暗で、近くから遠くへと窓を灯すカンテラの明かりが永遠と続いていた。手を窓に当てて、ここが本当に異世界なのかと疑いたくなってくる。
本当はただ、外国に旅行に来ているだけなのかもしれないと。
手袋に覆われた手が、それをすぐに否定する。
カーテンを閉めて、手袋をはずす。
少し眠たい。
持ち帰ってきたドレイク草の根を窓際に吊るす。
油がもったいないし、カンテラの明かりを吹き消し、アルコールランプの蓋を閉じる。青よりも暗い深淵の底、少しだけカーテンを開ける。
差し込む星明かりと他のカンテラの明かり。時折聞こえる人々がばか騒ぎする音と、上下左右から聞こえる静かな隣人達の生活音。
ぼくの部屋は深海のように静かで滑らかで撫でるように。
音を消して忍ようベットへと指を滑らせる。雷鱗を微弱に何度も波を打つように走らせて小さな虫たちを皆殺しに、静電気の要領で埃を集めてゴミ箱に入れる。
姉のコートを抱きしめて。人恋しいのかもしれない。元の世界の匂いと何処か昔嗅いだことのある王女の匂い。
女の子を抱きしめたいとコートを強く抱きしめ、一人は嫌だと、それを必死に押し殺して欲望にすり替えてぼくはベットへと横たわり眠りについた。
昔良くテレビで見たヒーローに憧れていた。いつかぼくもあんな風になりたいと、誰かを守り、誰かを助けて。
アニメを見て、アニメの中で仲良さそうに戯れる人たちに憧れて、自分もそんな人たちの中に溶け込んでいる、なんて。
ぼくがアニメを好きだったのは、もしかしたら寂しさをすり替えていただけなのかもしれないと、良く夢を見る。
夢の中のぼくはまだ魔王と戦っている旅の途中だった。
まだ魔王を倒してもないっていうのに、
「ナイン、早くいらっしゃい」
「ナイン、これめっちゃうめーよ‼」
「ナイン、俺が女体について教えてやろう」
沢山の仲間たちの声。
「ナイン」
彼女がぼくを呼ぶ。
「ナイン」
甘く切なく、悲しみと慈愛を込めて。
ぼくはそれに苦笑いを浮かべる。
「あははっ」
これが現実なら良かったのに。
そんな不謹慎な事を思ってしまう事と、それが過去であると割り切れない自分がたまらなく好きで、たまらなく嫌い。
昔は泣くことを我慢できなかったけど、今はできる。目に涙を貯めても、こらえる事ができる。