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終着:天国駅

 さて。

 あるところに、電車で長い旅をしている人がおりました。特に目的があるわけでもなく、風の向くまま気の向くまま、何も考えずに一番遠くへ向かう切符を買い、ぼんやりと揺られておりました。しかしそろそろこの長い旅にも疲れ、どこかにのんびりと骨をうずめたい、と考え始めておりました。

 さてある日。いつものように電車に揺られていた旅人のところ向かいの席に、ふと見知らぬ老紳士が座りました。

「こちら、よろしいですかな」礼儀正しく問うてくる紳士に、旅人はこれまたぼんやりと頷きました。

「どちらまで、行かれるのですかな」

 何気なく問うてきた老紳士に、旅人は自分の持っている切符を見せました。旅人がこの電車に乗った駅で買える、最も遠い駅までの切符です。ほう、と老紳士は眼を細めました。

「そこへは、何をしに?」

「別に……ただ、立ち寄るだけです」

「そうですか。そこはのどかでいいところですぞ。特に水平線に沈む夕陽が綺麗なことで有名です」

「そうなんですか。覚えておきましょう」それから、こちらも問い返した方がいいのだろうか、と思い旅人も訊きました。「あなたは、どちらへ」

「私ですかな。私は、ここです」

 言いながら、老紳士も切符を見せてくれました。その切符を一瞥して、旅人は目を見開きました。切符にはこう印字されておりました。

『天国駅』

「これは……どういうところで」

 聞いたことのない駅名に旅人が驚きを隠せないまま問うと、老紳士は朗らかに笑いながら、

「この電車の最後に行き着くところ、終着駅ですな。ここもよいところですよ。一度行くことができれば誰もが心安らかになれる」

 朗らかな老紳士の言葉を聞きながら、旅人は思いました。天国駅。天国とは、天国なのだろうか。人が一生を終え最後に向かう、あの天国なのだろうか。

「天国……ですか」

「ええ、天国です。ご存じありませんかな」

 知っている、のかもしれない。しかしもしその天国が旅人の知る天国であるならば、目の前に座る老紳士は既に亡くなっているということになるのだろうか。そういう思いで見てみると、何となく気配が薄い気がしないこともない。

 そして、旅人は思いました。天国。きっとそここそが、自分の旅の終点に違いない。自分も是非そこへ行きたい。

「ぼくもそこへ行くことはできますか」

 思いあまって問うと、老紳士はにっこりと微笑みながら答えました。「ええ、勿論! 誰でも歓迎してくれますとも!」

 切符は途中までですが、車掌に言って更新してもらえばいいでしょう。旅人はまだ見ぬ天国に思いをせながら、きっと最後になる旅を楽しみました。

 やがて、電車は天国駅に滑り込みます。

 老紳士とともに駅に降り立った旅人は、駅の構内を見回しました。成程、ここが天国か。思っていたより普通のようだ。

「では、参りますかな」

 先導する老人について、旅人は駅を出ます。ここが、旅人の終着点です。駅を出てすぐのところに、大きな幟旗のぼりばたが風にたなびいています。

『ようこそ我らが温泉地、天国へ!』

「さて、ではどの温泉から浸かりましょうかな。よりどりみどり、まるで天国のように骨がとろけるほど気持ちのよい温泉、楽しみですな」

 うきうきと、老紳士は街の中へ入っていきます。

 終着駅の天国とは、天国のように気持ちのいい温泉街だったんですとさ。


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