小鳥の歌と見えない娘
さて。
あるところに、目の不自由な娘がおりました。娘はたいそう気立てがよく、大変利口でありましたが、生まれつき不自由な目のために、いつもひとりで部屋におりました。家族や村の皆は娘をとても不憫に思っておりましたが、村には腕の立つ医者がおらず、娘の両親には街まで娘を連れていくお金もないので、どうしようもないのでした。
娘はいつも部屋にひとりでおりましたが、しかし皆の思いに反し、決して寂しい思いはしておりませんでした。他の子どもたちのように村中を駆け回って遊ぶことはできませんが、部屋の窓を大きく開け放って耳を澄ませていれば、ほら、聴こえてくるのです。
「まあ、今日も来てくれたのね」
娘は手探りで窓辺まで行き、そこに置いてある椅子に腰かけました。そして、じっと耳を澄ませます。
そうすれば、聴こえてくるのです。
『聴いて聴いてよ娘さん』
『今日も聴いてよ娘さん』
『ぼくらの話を聴いておくれ』
「ええ、ええ、ちゃんと聴かせてもらうわよ。今日はどんなお話かしら?」
わくわくと胸を躍らせて、娘は静かに待っています。すぐにそれは聴こえてきました。
それは声。
それは物語。
それは小鳥たちの歌でした。
他の誰にも聴き取れず、ただ小鳥のさえずりとしか思われないそれを、この目の不自由な娘はしっかりと聴き取れたのです。
きつねとたぬきの腕比べのお話がありました。
恐ろしい神様のお話がありました。
美しい兄妹のお話がありました。
長い冒険のお話がありました。
それは楽しいお話でした。
それは哀しいお話でした。
それは驚くようなお話でした。
それは思わず笑ってしまうお話でした。
いつも、いつも、娘はひとりこの小鳥たちの話を聴き、日々退屈など全くすることなく楽しく過ごしているのでした。
「小鳥さんたちは物知りね」 一日のお話を聴き終えて、娘はいつも手を叩きながらそう言います。「だってこんなにたくさんのお話を知っているのだもの!」
あるとき、村にとある有名なお医者様が立ち寄りました。遠方の貴族の息子を治療した帰途、偶然村に立ち寄ったのです。それを知った村人たちは考えました。このお医者様なら、あの不憫な娘の目を治せるかもしれない! 早速村人皆でなけなしのお金を集め、お医者様のもとへ嘆願しに行きました。
「どうか、どうかお願いだお医者様!」娘の両親は、ともに地に膝をつき、深く頭を垂れながら涙ながらにお願いしました。「うちの娘の目を、どうか治してはくれますまいか!」
村人たちが村中からかき集めたお金は、それでも雀の涙ほどしかありませんでしたが、村人たちにとって運よくとても気の良かったこの医者は、それでもふたつ返事で了承してくれました。喜び勇んだ村人たちは、翌日早速娘のもとへお医者様を案内しました。
「まあ、目が見えるようになるのね!」話を聞いた娘も、勿論大いに喜びました。「それではどうかお医者様、よろしくお願い致します。これで小鳥たちの姿も見えるようになるんですもの!」
有名なそのお医者様は、名に負けず本当に優秀なお医者様だったので、娘の目もたった一晩で見事見えるようになりました。
翌日、包帯を取って生まれて初めて世界を目にした娘は、笑顔になって見守る皆に言いました。「見える、見えるわ! 皆の顔が見える! 世界はこんなに綺麗だったのね!」
皆は口々にお医者様に礼を言い、娘は早速皆に連れられて村中を見て歩きました。これからは娘も他の子どもたちと一緒に、村中を駆け回って遊ぶことができるのです。小鳥さんたちにも教えてあげなくちゃ! 娘はそう思いました。こんなに嬉しいことってないもの!
翌日、娘はこれまでと同じように部屋の窓を開き、小鳥たちの歌に耳を澄ませました。しかし、何の物語も聴こえてきません。ただ、小鳥のさえずりが響いてくるばかりです。娘は驚き、思わず泣いてしまいました。どうしてでしょう。考えた娘ははたと思い当たります。そうだわ、私の目が見えるようになってしまったから! きっとそのせいで聴こえなくなってしまったんだわ!
そう思っても、まさか折角見えるようになった目を自分で潰すわけにはいけません。そんなことをしてしまっては、村の皆も悲しむでしょう。泣く泣く、娘は小鳥の歌を諦めました。
それ以来、小鳥の歌を聴くことのできなくなった娘でしたが、窓はいつも開けたまま、小鳥のさえずりを聴きながら、物語を書くようになりました。
それは優しいお話でした。
それは切ないお話でした。
それははっとするようなお話でした。
それは思わず涙してしまうお話でした。
それは全て、娘が今まで小鳥たちから聴いたお話でした。
物語を書く娘の評判はすぐに村中に知れ渡り、村を出て街にまで届き、娘の書く物語を心待ちにする人々が大勢できました。
娘は童話作家として古今東西に有名になりました。
けれど娘は決して己を誇ることはありませんでした。
「私の書く物語は、全て小鳥さんたちが聴かせてくれた歌なのよ」
誰かに物語について問われれば、娘は一生を終えるそのときまで、必ずそう答えておりましたとさ。
ここまでお付き合いくださり、有り難うございました!




