お母さんは魔女
さて。
あるところに、しぃちゃんという女の子がおりました。しぃちゃんはお母さんが大好きで、いつも皆に自慢しておりました。なぜなら、
「お母さんは魔法使いなんだよ!」
誰も信じてはくれません。けれどもしぃちゃんは知っています。しぃちゃんのお母さんは、三角帽子も竹の箒も持っていないけれど、実は凄い魔法使いなのです。
例えば。しぃちゃんがずっと楽しみにしていた遠足の日の天気が雨だとテレビで言っていたとき、しぃちゃんが泣いていると、お母さんが頭を撫でながらおまじないをしてくれるのです。
「おまじない、おまじない。しぃちゃんのために、明日天気になぁれ」
すると決まって、次の日は雲ひとつない晴天になってくれるのです。
またあるとき、しぃちゃんが遊んでいる途中で転んで、膝をすりむいて泣きながら帰ってきたとき、またお母さんはしぃちゃんの頭を撫でながら、
「おまじない、おまじない。しぃちゃんのお膝から、痛いの痛いの飛んでいけ」
お母さんがそうしてくれるだけで、あっと言う間に痛みが引いてしまうのです。
そんな数々のエピソードをもってしぃちゃんはお母さんは魔法使いだと言うのですが、やっぱり誰も信じてくれないのでした。それでもしぃちゃんはお母さんが魔法使いだと信じていて、お母さんが大好きなのでした。
しぃちゃんが小学校六年生になったある日、しぃちゃんが家に帰ると、お母さんが気を失って倒れていました。驚いたしぃちゃんが慌てて救急車を呼び、病院へ運んでもらいましたが、その日は別段の異常はないと言って帰されました。
帰る道中、お母さんはしぃちゃんと手を繋ぎながら小さく笑っていました。
「御免ねしぃちゃん。心配かけて。でもお母さんは大丈夫だから」
「うん! だってお母さんは、魔法使いだもんね!」
一点の曇りもなく言うしぃちゃんに、そうだよ、とお母さんは笑うのでした。
けれど、それからお母さんは少しずつ体調を崩していきました。夏頃から、よく座って休むようになり、だんだんと起き上がることすら辛くなって、冬に入る頃には立ち上がって動くことができず、寝たきりになってしまいました。そして初雪の降った日に、とうとうまたお母さんは病院に運ばれてしまいました。
病室で、しぃちゃんは心配そうにお母さんの手を握ります。
「ねえ、大丈夫だよね。お母さんは魔法使いだもんね。すぐに治って、おうちに帰れるよね」
お母さんは静かに微笑みながらしぃちゃんの頭を撫でるばかりで、そうだね、とは言ってくれませんでした。
そして、しぃちゃんの卒業式を間近に控えたある夜、とうとうしぃちゃんは、お父さんと一緒に病院に呼ばれ、真っ先にお母さんのもとへ連れて行かれました。
しぃちゃんも、とうとうわかってしまいました。
お母さんは、もう長くないのです。
人工呼吸器をつけられ、たくさんの機械に囲まれたお母さんの姿を見て、しぃちゃんは泣き崩れてしまいました。
「どうして? お母さんは魔法使いなのに! 凄いのに、病気なんかには負けないのに!」
しぃちゃんに気が付いたお母さんが、弱々しくしぃちゃんを手招きしました。泣きじゃくりながらやって来たしぃちゃんの頭を、すっかりやせ細ってしまった手で、いつものようにお母さんは撫でました。
「御免ね、しぃちゃん。お母さん、自分には魔法を、使えないんだ」
呼吸器のせいでわずかに籠り、酷く弱々しい声で、お母さんは言いました。
御免ね、と。
「――最期の魔法、使うね。これは、お母さんの魔法の中で、一番凄くて、絶対に叶う魔法、だから」
そっと、しぃちゃんの頭を撫でながら。
お母さんは、優しく微笑みました。
「おまじない、おまじない」
か細い声で、しかし確かに、お母さんはしぃちゃんに魔法をかけます。
「――しぃちゃんが、幸せに。ずっと幸せに、いられますように」
その言葉を最後に、お母さんの手がゆっくりとベッドに戻り、そして、二度と動いてはくれませんでした。お医者さんが臨終を告げて、集まっていたお父さんや親戚の皆も泣き崩れてしまいました。
けれど、しぃちゃんは、ぐちゃぐちゃに泣いていたけれども、お母さんの安らかな表情をまっすぐに見て、しっかり頷きました。
「――うん、わかった。私、絶対に、ずっと幸せにいる。お母さんの魔法、絶対叶えてみせる」
涙を拭って、嗚咽を噛んで、しぃちゃんは強く、言いました。
しぃちゃんは、今も幸せに生きています。




