夢金魚
さて。
あるところに、裕福な家がありました。先祖伝来の家であったため、中にはとても古いものや、よくわからないものがたくさん置いてありました。
あるとき、この家に一晩の宿を借りた旅人が、出立の朝に家の主人に言いました。
「蔵の奥にある古い甕なんだが、あれを是非とも売ってくれないだろうか」
そう言って旅人が提示した額は、裕福な家の主人が見ても目の玉の飛び出るようなものでした。理由を聞くと、旅人は大真面目な顔で、
「あの甕には夢の金魚が泳いでいる。何も入っていない今では見えないだろうが、澄んだ水で満たせば透き通るように美しい金魚が見えることだろう」
そんなものだったとは知らなかった家の主人は、しかるべきところに持ち込めばもっと高額で売れるに違いないと考え、旅人を斥けました。断られた旅人は、とても名残惜しげにしていましたが、やがて諦めました。去り際に、旅人は主人に言います。
「あの甕には水を満たしてはいけない。一度満たしてしまえばそれまでで、夢の金魚は逃げてしまう。夢の金魚は家の繁栄も司っているから、これを逃がしてしまえば家は没落してしまう」
旅人の忠言に見かけは頷きながら、主人はこの甕をどこへ売りつけてやろうかという算段ばかり立てていました。
やがて、すぐに満足のいく買い手が見つかると、主人はふと自分もその夢の金魚とやらが見てみたくなりました。こんな貴重品には次にいつ出会えるかわかりません。旅人の忠言のことなどすっかり忘れて、折角だから、と主人はとびきり澄んだ水で甕をいっぱいに満たしました。
するとどういうことでしょう。それまで空っぽだった甕の中を、自由に泳ぎ回る金魚の姿が見えました。その美しさといったら、透き通るようで言いようもありません。束の間、主人はその美しさに見惚れてしまいました。
しかし次の瞬間、姿を見られたことに気付いたかのように金魚たちが泳ぎを早め、かと思いきや一斉に甕の中から飛び上がりました。水音もなく、飛沫のひとつも上げず、次々と金魚たちは甕を飛び出し、宙に解け消えていきます。慌てて主人が掴み取ろうとしますが、手は空しくすり抜けてしまい一匹も捕まえることができません。とうとう一匹残らず金魚たちは消え、ただ水の満たされただけの甕が残りました。
その後、旅人がかつて言っていた通りに、その家は没落していってしまったということです。




