狼の髭
さて。
あるところに、とても貧乏な男がおりました。男はあまりに貧しく、とうとう何も食べるものがなくなったため、このまま野垂れ死ぬくらいならせめて獣の餌にでもなって死ねば、何かの役には立つだろうと考え、ふらふらと森へ入り込みました。
ほどなくして、ちょうどよく餓えた様子の狼に遭遇しました。これ幸いと、男は狼の目の前に大の字に横たわりました。
「さあ食え狼。おれがお前の餌になってやる。おれを食って腹を満たすがいい。それでおれの生まれてきた意味も全うできようというものだ」
ぐっと男は覚悟を決めましたが、一向に食われる様子がありません。怪訝に思って見てみると、狼は男を睨みつけて座っています。男が見ると、狼は口を開きました。
「確かにおれは餓えていて、お前を食いたいのは山々なのだが、おれは真人間は食わない主義だ。だがその志は認めて、お前にこれをやろう」
言うと狼は自分の髭を一房抜いて、男の顎に植えつけました。
「これで、お前は正直なものを見ることができる。上手く使うといい」
そう言い残して狼は去りました。死に損なった男は仕方なく、狼の髭を顎にぶら下げたまま町へ戻りました。
人ごみの中をふらふらと歩いていると、不意に「泥棒!」と声が上がりました。何かと見れば、ひったくりのようです。しかしひったくりは人ごみに紛れてしまっていて、とても誰だか見分けられません。
しかし狼の髭をつけた男には一目瞭然です。すぐさま隠れ潜んでいたひったくりを見つけ出すと、奉行所へ連れて行きました。盗まれた財布は無事に持ち主のもとへ戻りました。
財布の持ち主は町の長者の夫人でした。夫人は御礼に三人娘のひとりに婿入りさせようと言いました。三人の娘を狼の髭を撫でながら順繰りに見ていきますと、長女はどうやら金銭にうるさく、次女はどうやら浮気性で、末の娘だけがとても正直者だとわかりました。
男は末の娘に婿入りし、その後も誠実に幸せに暮らしましたとさ。




