狐の嫁入り
さて。
あるところに、みーちゃんという女の子がおりました。みーちゃんはおじいちゃんとふたりで暮らしていて、おじいちゃんが野良仕事をしている間は、いつもひとりで遊んでおりました。
ある日のこと、いつものようにみーちゃんが近所の森で遊んでいると、罠にかかった一匹の狐を見つけました。初めは驚いたみーちゃんでしたが、狐がすっかり弱っているのに気付くと急いで罠を外してあげました。ついでに怪我をしている足にハンカチを巻いてやると、狐はみーちゃんを振り返り振り返り、森の奥へと帰っていきました。
その夜、狐の話をおじいちゃんにすると、おじいちゃんはみーちゃんの頭を撫でながら大きく笑いました。
「その狐も、見つけたのがみーちゃんで運が良かったろうよ」おじいちゃんは言います。「もし儂が見つけていたらさっさと叩き殺してたに違いないからな」
それから数日後、みーちゃんが川で遊んでいると、ふと頬にぽつりと雫が落ちました。雨です。雲ひとつないいいお天気なのに、雨が降ってきたのです。
みーちゃんは作っている途中だった笹の船を放り出して、おじいちゃんのところへ走っていきました。
「おじいちゃん! おじいちゃん!」雨と光を浴びながら、みーちゃんはおじいちゃんのもとへ駆け込みます。「お天気雨だよ、お天気雨!」
大はしゃぎのみーちゃんに、おじいちゃんも仕事の手を休めて応じました。
「おう、そうだな。お天気雨だ。今夜は狐の嫁入りかもしれんな」
「きつねの、よめいり?」
「そうともさ」おじいちゃんは頷きました。それからぬっとみーちゃんに顔を近付けて、「いいかいみーちゃん、今夜山の中に不思議な光を見つけても、決してついて行ってはいかんぞ。狐にさらわれて、帰ってこられなくなるからな」
「帰ってこられなくなって、どうなるの?」
「さて。おじいちゃんは知らん。しかしきっと、狐に食われてしまうに違いないぞ」
よくよく念を押されて、みーちゃんはしっかりと頷きました。何だかよくわかりませんが、おじいちゃんの言うとおりにしましょう。
その夜、厠へ起き出したみーちゃんがふと外を見ると、山の中を何かぼんやりとした光が行列を作っています。不思議な光です。一体何が列をなしているのでしょう。寝ぼけ眼のみーちゃんは、昼間のおじいちゃんとの約束もすっかり忘れて、ひとりで駆け出してしまいました。
たどり着いたその光は、何と提灯行列でした。それも、狐の提灯行列です。たくさんの狐たちがしずしずと列を作って、野山の夜道を照らしながら行進しているのでした。
「わあ、凄い!」みーちゃんは思わず声を上げました。「一体何の行列なんだろう!」
と、みーちゃんに気がついた狐の一匹が、提灯を片手に持ちながら近付いてきました。
「これはこれはお嬢さん!」狐は嬉しそうに言いました。「こいつはめでたい、めでたいな! 人間の子のお客様!」
言いながら、狐はみーちゃんの手を取り列の方へ引きました。「さあおいでよお嬢さん。これも何かの縁でしょう。こちらで一緒に遊びましょう!」
手を引かれるままに、みーちゃんも提灯をひとつ持たされて列に加わりました。何だかよくわかりませんが、みーちゃんも愉快です。おめでたいような気持ちになってきました。
と、そこでどこかの狐が長く遠鳴きし、ぴたっと提灯行列が止まりました。思わず立ち止まったみーちゃんが、何事だろうと列の奥を見ていると、その暗がりの中からしずしずと二匹の狐が並んで歩いてきました。しかもその二匹はそれぞれふんだんにおめかししていて、新郎と新婦の出で立ちをしているのです。
「何て綺麗なのかしら!」みーちゃんは思わず声を上げました。「これが狐の嫁入りなのね!」
と、みーちゃんの声に気付いたらしい新婦の狐がこちらを見て、あっという顔をしました。そして足を早めてみーちゃんの前にやってくると、みーちゃんの手から提灯を取り上げ、
「あなた、どうしてここにいるの?」小声で、ちょっと怒っているように言いました。「来ちゃダメだって言われなかった?」
「言われたような気もするけれど」今はおじいちゃんとの約束よりも、新婦狐の華やかな様子に目が釘付けです。「結婚するのね? おめでとう!」
「ありがとう。でも、あなたはここにいてはダメよ。食べられてしまうから」
新婦狐は言うと、みーちゃんの向きを変えさせ背中を押しました。「あなたはいい子だから、宴席のおかずにしてしまうのはもったいないわ。だから早く帰りなさい」
「わかったよ、わかったから押さないで」本当は最後まで見たかったのですが、あまりに新婦狐が強く押すので渋々自分で歩き始めながら、それでもちょっとだけ振り返りました。「でもどうして、私をいい子だってあなたは言うの? 私とあなたは初めて会うのに」
「初めてじゃないから知ってるのよ。だからこれは、その御礼」狐は自分の手を見せました。そこには先日、みーちゃんが罠から助けた狐に巻いてあげた、ハンカチが巻かれていました。新婦狐は、あの狐だったのです!「あなたに助けてもらわなかったら、私は結婚できなかったわ。ありがとう。それじゃあ、ばいばい! 寄り道しないでまっすぐに帰ってね!」
「うん、わかったよ。ありがとう!」
みーちゃんは答え、新婦狐に手を振りました。「お幸せにね!」
それからすぐにみーちゃんは家にまで帰り、まっすぐ布団に飛び込みました。どきどきして眠れませんでしたが、いつの間にか眠ってしまっていました。
翌朝、いつもより遅くに起き出してみると、おじいちゃんは既に仕事に出ていて家にいませんでした。みーちゃんがあくびをしながら外に出ると、家の戸口に何か落ちているのに気がつきました。
拾い上げてみると、それはみーちゃんがあの新婦狐に巻いてあげていたハンカチです。それに、何かがくるまれています。何だろう、と解いてみると、それはふたつの大きなお餅でした。
「結婚式のお餅だわ!」みーちゃんは飛び上がって喜びました。「あの狐のお嫁さん、私たちにもお祝いをお裾分けしてくれたのね!」
その夜、みーちゃんの話をすっかり聞いたおじいちゃんは、みーちゃんの話を全然信じてくれませんでしたが、お餅はふたりで美味しくいただきましたとさ。




