度胸宝
さて。
あるところに、ひとりで遊んでいる少年がおりました。少年は貧乏人の息子であるため、村でも誰にも相手にされないのでした。
少年がこの日も森でひとりで遊んでいると、ふとどこかからか虫の羽音がしてきました。蚊にしては高く、速い音でした。何だろうと少年が思う間に、虫が姿を現しました。
何と雀蜂です。
蜂の中でも雀蜂ほど気性の荒い蜂はおりませんから、もし出くわしてしまえば大の男でも悲鳴を上げて逃げ出してしまうところです。じっと動かない方がいいとわかっていても、なかなかそうはできないものです。
しかしこの少年は突然現れた雀蜂にもまるで動じることなく、父親に教わった通りその場にじっとしています。雀蜂はそんな少年を脅すように周囲をぶんぶん飛び回りますが、少年は微動だにしません。とうとう雀蜂は少年の額にぴとっと留まりましたが、少年は瞬きすらしませんでした。
石像のように立ち尽くしている少年の顔や肩を歩き回っていた雀蜂でしたが、服の中を這い回ってもとうとう少年がしわぶきひとつしなかったことで感心したように言いました。
「やれやれお前は大した奴だ。おれを見ても逃げ出さず、額に留まられても悲鳴も上げず、体中を歩き回っても眉ひとつ動かさないのだから。ちょっとでも動けば一刺しにしてやろうと思っていたが、やめだやめだ。お前は大した奴だから、その度胸に免じて見逃してやる。その褒美に、ひとついいことを教えてやろう。お前の村の長者の娘は長く病を患っているが、それは娘の部屋の北の窓に植えてある老木が原因だ。その老木を一度抜き、根をよく洗って南側の塀の外に植えれば、娘の病はてきめんに治ることだろう」
そう言って飛んでいった雀蜂の言に従って、少年は早速村の長者のもとを訪れました。そうして確認してみると、確かに娘の部屋の北の窓の外には窓を覆うようにして古い大木が立っています。すぐに少年は長者へ、雀蜂に言われたとおりに申し出ました。長者は初め半信半疑でしたが、藁にもすがる思いだったので少年の言う通りにしてみると、どういうわけか生まれてこの方起き上がることすら不自由だった娘がみるみる快方に向かい、十日も経たないうちに元気に走り回るまでになりました。
見事娘の長患いを治してみせた少年は長者にいたく感謝され、婿として迎えられ、少年は親子ともども裕福に暮らしましたとさ。