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仕事

しばらく雑用だけの日々が続いた。リーダーである城ヶ崎に何かやることはないかと尋ねても、いつも返事は同じだった。根岸と矢切は相変わらず忙しそうだ。川本は屋上で話していた通り、矢切に少しずつ仕事を回してもらい指導を受けているようだった。

私は苛立ち始めていた。支部にいたときは、誰よりもたくさんの仕事をこなしていた。内容だって誰にも負けていないという自負があった。それが今は資料の印刷や書類の整理ばかり。城ヶ崎に言っても返事は変わらない。そこで矢切にも尋ねてみる。

「私にも何かできることはありませんか?」

「え、えっと・・・。それでは、資料の印刷を・・・。」

「そうではなくって!」

つい語気が強くなってしまった。心を落ち着けて言い直す。

「そうではなくて、もっと企画に関わる仕事がしたいんです。」

彼は少し怯えた様子で答えた。

「しかし、仲井さんは私よりもキャリアが長いですし、私の仕事を回しても仲井さんの為になるようなことを言えませんので・・・。その・・・。」

つまりは自分よりキャリアの長い私の仕事にはケチが付け難いので回したくないということだ。

「根岸さんに聞いてみてはどうでしょうか?」

彼は小声で付け加えるように言った。だが、根岸は終日外回りでいなかった。私はいつかのメールを眺めながら、明日こそはと意気込んだ。


次の日、朝礼が終わるとすぐに根岸の所へ向かい、昨日矢切に言ったのと同じことを言った。根岸さんは私よりもキャリアが長い。きっと力になってくれると思った。

「はあ?なんだって?」

「ですから、他にもいろんな仕事をしていきたいんです。」

「だったら、やればいいでしょう?仲井さん、あんたはもう五年この会社に務めている。支部では優秀だったって聞いたけど、自分で企画提案とかしたことないわけ?」

図星だった。企画はしていたが、それはあくまで支部長からこんな感じのプランでと大枠を与えられてからのことで、ゼロから企画をしたことなど一度もなかった。

「まだ、二年目の川本だって自分の企画を出そうと頑張っているのに・・・。」

「そうですね。わかりました。やってみます。」

私は彼が話し終わる前にそう言った。

それから数日間、保管されている過去の資料やインターネットなどを使って、今までどういった企画がどのように行われてきたのか細かく調べた。

 それが終わると、今度は外回りを始めた。電車での移動は未だに一苦労だった。しかしそれでも、根岸が言った言葉を思い出し、今まで甘えていた自分を戒めるように必死で足掻いていた。


 ある日の夕方、お昼も食べず各地を回っていたので、お腹が空き、ラーメン屋にはいることにした。大きくはないが、新しくてきれいなお店だ。カウンター席に腰かけ、メニューを開く。

 「いらっしゃいませ。」

威勢の良い掛け声とともに、お茶が出された。

「ラーメンを大盛りで。」

そう注文するが、店主はいつまでも私から目を離さない。

「あ、あの・・・。何か?」

「仲井?」

 名前を呼ばれ、必死に店主を見つめるが、頭の中にその顔は見つからない。

 「福本だよ。」

 福本?

 確か高校生時代、同じ野球部にそんな名前の奴がいた。しかし、こんな風貌ではなく、もっとクールな感じだったような。私は恐る恐る尋ねる。

 「あの、野球部の福本・・・?」

 「そうだよ。俺の顔忘れたのかよ。」

 顔を忘れたというよりは彼の顔つきが変わり過ぎている。あの頃よりずっとふくよかで穏やかな顔つきだ。旧友との再会に、私は暫し仕事のことを忘れ、長いこと彼と話していた。彼は高校卒業後、すぐに上京し、機械の組み立て工場で働いていたそうだが、思い立って某ラーメン屋に弟子入りし、半年前に独立、この店をオープンしたのだという。

 「それじゃあ、また来るよ。」

久々に食べたラーメンはとてもおいしくとても懐かしかった。


 長く話し込んでいたこともあって、外はすでに日が落ち、ビルの山々にほんのり残光だけが見えた。街にはネオンが灯り始めていた。私は一つ伸びをした。

 その時、ふと一つの看板が目に入る。

 『求めれば与えられます。捜せば見つかります。叩けば開かれます。』

何の装飾もない看板からは何の店かも分からなかった。いや、店であるかも分からない。その奥を覗いてみても、薄暗い外灯が微かに黒い扉を照らすばかりで、そこが何なのかを示す手がかりは何もなかった。

目を凝らしていると突然、その黒い扉は開いた。中からは、黒い外套を羽織った男と、一人の女性が出てきた。女性は三十代半ばくらいで、目には涙を浮かべている。その女性が去り、外套の男だけになると、私の視線に気付いたのか声を掛けようとした。私はその得体の知れない男から逃げるように慌てて駅へと向かった。


翌日。私はいよいよ企画書の作成へと取り掛かった。

初めての土地で苦労も多かったが、逆にその初めての視点を活かしてやろうとも考えた。朝早くから夜遅くまで考える日々が続き、私はようやく一つの企画書を作り上げた。

私は意気込んで、根岸に企画書を見て貰えるようお願いした。彼は私を一瞥して、「ああ、わかった。」とだけ言った。提出した企画には絶対の自信があった。私は早くも次の企画も考え始めていた。

しかし、何日たっても根岸からの返事が返ってこない。彼が忙しいのは分かっていたが、待ちきれず、直接尋ねにいくことにした。

「先日、お渡しした企画書どうでしたか?」

私は期待して尋ねる。

「ああ、あれは全然駄目だね。」

そう言って企画書を突き返す。

「あの、どこがいけなかったのでしょうか?」

彼はあからさまに面倒臭いといった態度で答える。

「視点が素人すぎるんだよ。」

五年も勤めてこれかと言いたそうな口振りだ。

「何分、東京は初めてで、そのゼロからの視点を活かして作ってみたのですが・・・。」

いくら食い下がっても、答えはただノーだった。

それからもいくつもの企画書を出し続けたが、彼の答えはいつも同じだった。企画書に手抜かりはないはずだ。なのに彼は何かとあいまいな理由をつけてはそれを跳ね除ける。彼の態度は私をイライラさせた。彼はきっと私のことがただ気に入らないのだ。

そこで私はチームリーダーである城ヶ崎にも企画書を見て貰うことにした。

「根岸に見て貰ったんじゃないのか?」

「城ヶ崎さんにもぜひ、見て頂きたいのです。」

私は力を込めて言った。城ヶ崎は私の勢いに少し戸惑った様子だ。

「根岸はなんて?」

「全然駄目だと。何度持って行ってもそればかりで・・・。どうしても納得がいかないので城ヶ崎さんにも見て頂きたくて。」

彼は私を見つめた後、「わかった、目を通しておく。」と言ってくれた。

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