予言
涙も枯れ果て、顔を上げると見えるのはあの看板だった。
『叩けば開かれます。』
叩いて開かれるその扉の先には希望があるのか。もう他にすがるもののない私に迷いは無い。私は力を振り絞り黒い扉を叩く。しかし、反応は無い。
「開きもしないじゃないか・・・。」
私はぼやいて座り込んだ。すると急に後ろから迫ってきた大きな影がすっぽりと私を覆った。
「お久しぶりですね、仲井さん。」
のっぽで優しい顔の影だった。
中に通され、椅子へと腰かける。黒外套の男もゆっくりと私の前に座った。私は自分で訪ねておきながら、なかなか話を切り出すことが出来ない。沈黙が続く。男は私の気持ちを察したのか、先に話を切り出した。
「会社、大変みたいですね?」
私はギクッとしたが、まだ彼のことが完全には信用出来ずにとぼけたふりをする。
「大変って何がです?」
「資金繰りが悪いのでしょう?それに、仲間に通帳を持ち逃げされた。」
私は驚きのあまりに固まってしまった。この男には去年の夏以来、一度も接触していないはずだ。
「これで信じて貰えました?」
男は見透かしたように言った。
「なんで、そんなこと知ってるんです?誰にも話していないはずなのに・・・。それに私、名前だって名乗っていないですよね。」
「私は占い師ですよ。」
透視だとか、予知だとかそんなものは全く信じてこなかった。だが、この男は本物かもしれないと思い始めていた。
「それなら私が聞きたいこともわかっていますよね?」
「ええ、もちろん。ただ、あなたが求める答えは私ではなく、ある一人の少女が持っています。」
「・・・意味がよく分かりませんが。」
男は深く息を吐く。
「三日後の朝、十時頃、あなたは一人の少女と出会います。年は高校生くらいでしょうか。」
「その少女が答えを持っていると?」
男は頷いた。
「場所は?」
「大丈夫。どこにいても、あなたがいるところに現れますよ。」
私は部屋を出た。男がすごい占い師だということは信じるほかなさそうだ。しかし、彼の言った内容はにわかには信じ難い。三日後は金曜日だ。高校生だとしたら通常その時間は学校に行っているはず。それともその少女というのは不良少女のことなのか?しかも場所はどこでも良いと言う。裏を返せば、場所は特定できないとも取れるが、例えば私が男子トイレに籠っていたらどうなるのだろう?占い師なんてやはり信用できないなとか思いつつも、三日後の十時に何が起こるのか期待していた。
翌日、カレンダーを見て私は明日が給料日であったことに気が付いた。慌てて銀行に向かい、通帳と印鑑を紛失したと伝え、残高を確認した。やはりほとんど残っていない。頑張ってくれているスタッフの給料を支払わないわけにはいかない。まだ気持ちの整理がつかずにいた私は、仕方なく、少しずつ貯めていた身銭を切ることにした。福本のことはいつかスタッフに話さなくてはいけない。それに給料もいつまで支払えるか分からない。スタッフ全員路頭に迷うことになるかと思うとなかなか決断もできなかった。もう少し様子を見よう。そのうち客足も回復し、事態は好転するかもしれない。そう勝手に結論付け、もう暫くの間、このことはスタッフには伏せておくことにした。