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転機

 その夜、珍しく私の携帯が鳴った。

 「もしもし。」

 「おお、久しぶり。元気か?」

 電話の主は岡島鷹郎。高校の同級生で、岡島グループという地元では有名企業の一人息子だ。さほど親しい間柄というわけではない。というよりは、出来ればあまり会いたくない相手だ。

 「今からちょっと飲みに行かないか?」

 私はとてもそんな気分ではなかった。断ろうと口を開いた瞬間、彼は被さるように続けて話始める。

 「今、福本の奴が東京から戻って来てるんだよ。お前、福本と仲良かったよな?奴も東京でいろいろあったみたいでさ、話を聞いてやろうと思って。」

 岡島には私が東京に行っていたことを伝えていない。三人で会うとなると、少し気まずいことにもなりそうだが、それよりも福本のことが気になっていた。

 「わかった。すぐ行くよ。」

 私は家を出た。


 「仲井!?」

 福本は驚いて声を上げた。もちろん驚いたのは、来ることを知らされていなかったからだけではない。私は簡単に経緯を話す。

 「なんだよ。そんなことがあったのか。言ってくれれば力になったのに。」

 岡島は兄貴肌で面倒見が良い奴だったが、人を見下したような口ぶりと、自信過剰なところが私に彼を敬遠させていた。

 「いやしかし、仲井まで戻って来てたなんて。」

 「それはこっちのセリフだ。店に行ったら閉まってるんだもんな。しかも、その後変な占い師にも捕まるし。」

 「変な占い師?」

 「まあ、それはどうでも良いんだが、電話しても全く繋がらないし、本当に心配したんだぞ。一言くらい言っとけよな。」

岡島は何か言いたそうに私に視線を向けている。

 「でもまあ、こうして三人再会できたわけだし良しとしますか。」

 そう言って、私は慌てて乾杯を促した。

 「それでは、三人の再会を祝って乾杯!」

 みんなで一気にジョッキを飲み干した。


 話題は当初の予定通り福本の話から始まった。

 「貸し剥がしねえ。いくら不景気だからって許せん奴らだ。」

 「ラーメンだってうまかったし、客だっていっぱい入っていたのにな。」

 「まだオープンして間もなくだったから資金繰りも結構苦しくてさ。修行をさせてもらった店の大将にも援助してもらったんだが、それでもどうにもならなくて・・・。」

 「お前、確か生まれたばかりの赤ん坊がいなかったっけ?」

 「ああ。今は嫁のパートの稼ぎだけで何とかな・・・。あとは、大将に借りたお金だけでも何とか返したいんだが、そちらは全く当てもない。恩を仇で返すようなことになって、もういっそ死んでしまいたいよ。」

その言葉を聞いてあの占い師のことを思い出した。

 「そんなこと言うなよ。お前は悪くない。悪いのはその銀行だ。不景気だ。世の中だ。全部世の中のせいにすればいい。だから・・・、だから気にせず次に進めばいい。俺たちだって協力するからさ。」

彼はふふっと笑い「お前、何か変わったな。」と言った。

 「で、お前も東京でいろいろあったんだろう?ついでに聞いてやるよ。」

 岡島は、枝豆を貪りながらそう言った。

 「それはもういいんだが、実は今日・・・。」

 私は今日の出来事を二人に話した。

 「そうか・・・、それは辛いところだな。」

 「でも、さっきお前に偉そうなこと言ったからな。俺も何とかしてみるさ。」

 「だが、どうするんだ?辞めるのか?」

 岡島は身を乗り出してきた。

 「そうだな。このまま居座るのも居苦しいし、それで丸く収まるのなら辞めてやるか。こうなったのも全部世の中のせいだな。」

 そう言って残っていたビールを飲み干す。

 「よく言った!」

 岡島は突然大きな声を上げた。

 「それでは、晴れて無職となる二人に提案がある。」

 満を持して話し始める。

 「提案?」

 私と福本は顔を見合わせた。

 「実は今度、新しい会社を立ち上げようと思っているんだが、二人を我が社に迎え入れたいと思う。」

 おそらく彼は、初めから福本を引き入れるつもりで飲みに誘っていたのだろう。そしてあわよくば私も。

 「お前会社はどうした?父親の後を継ぐとか言って、社員をやってたんじゃなかったっけ?」

 「辞めた。」

 「は?」

 「あんなつまんない会社は辞めた。これからは自分のやりたい仕事をする。お前だって、周りの顔色窺ったり、妙な期待をかけられたりするのはうんざりだろ?」

 私は顔色を窺うことも、期待をかけられることも、さほど苦に感じたことはないが、特に否定もせずに話を進める。

 「それで、やりたい仕事ってなんだ?」

 「実は前々から考えていたんだが、旅行代理業をやってみようと思う。」

 「この不景気にか?」

 「大丈夫。資金も貯めてあるし、当面融資を受けられなくても何とかなる。それに俺には助けてくれる、企画の鬼も付いてるし、起業経験者だっている。きっとうまくいくって。一緒に頑張ろうぜ。」

 「・・・。即答し兼ねるな。」

 そうは言ったが、他に何かすることがあるわけでもない。私たちはこの無謀ともいえる挑戦に参加することとなった。


 準備には十分な時間を費やした。岡島は金策や事務所の準備、提携・協力会社への営業を担当し、福本は、インターネットやチラシを使っての広報活動や、スタッフ集めを担当した。私は実際に販売する旅行の企画を練っていた。もちろん、旅行代理業など経験したことなどないので、すべてが手探りだ。加えて、岡島が「最初は東京から始めたい。」と言い出し、いきなり東京に事務所を構えることになった。

 スタッフも少なく、資金にもゆとりがない私たちは、手始めに東京周辺の日帰りツアーを売り出すことにした。しかし、私自身もあまり東京についてよく知らない。数多くの雑誌やインターネット、広告などを参考にプランを立ててみるのだが、他社との差別化を図るのはとても困難だ。それならと現地に足を運んだり、ガイドブックにあまり載っていないような隠れたスポットを調べてみたりと悪戦苦闘を繰り返しながら、やっと一つのプランを作り上げた。気が付けば桜の桃色もすでに新緑へと変わり始めていた。


 いよいよ販売を開始すると、岡島の営業力や、福本の広報の頑張りもあって、初めての企画とは思えぬほどの大盛況だった。間近に迫ったゴールデンウィークもその勢いに拍車をかけた。怒涛の日々が続き、あっという間に夏も終わりに向かっていた。

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