10話 「トウマVSフウ」
改稿しました!
その鍛錬場で行われたトレーニングは、予想を遥かに超えるほど楽な物だった。だがここで平然としていると面倒くさいので疲れたふりをしておく。
「どうだ?ハードだろ?これを毎日今からするんだぞ?兵士辞めたくなったろ?」
トロイは額に汗を浮かべたまま、トレーニングが終わった俺とフウに話しかける。ちなみに俺は魔王を常に背負ったままトレーニングをしていた。途中から聞こえてきた夜の寝息にストレスが溜まったのは言わなくてもわかるだろう。
「いえ、この程度なら一週間続けられそうです」
「中々、きついわー。マジきついわー。兵士辞めたくなったけどやるわー」
「余裕そうですね!?」
「おい、きついって言ってんだろ?殺すぞ?」
「随分元気に首根っこ掴んでくれますね!?ぐるじぃ……」
「これは失礼」
「げほっげほ!お前ら冗談だろ!?俺でもこんなに汗だくになるのに……」
「んで?これで終わりか?」
「くっそぉおおおお!!!もっと時間かかると思ったのにぃいいい!!!!終わりだよばーか!!」
「トウマだっけ?」
と、気配なくフウが俺に近づいてくる。俺は思わずその近づき方に戦闘態勢に入りそうになるがそれを抑え込む。
意識してても気付けない……。本当に末恐ろしい女だ。さらにあの時の迷いない殺し、といい。こいつ、俺のような世界で育ったのか?
「ねぇ?一戦やらない?」
「一発やらない?」
「はぁー、どうしてそう下ネタに持っていこうとするかな」
「お茶目で純情なんだ」
「腹黒くて漆黒だね」
「ピュアでイケメンな俺に何て黒い言葉を飛ばしてくる女だ。んで?一戦交えるってなんだ?」
「兵士同士、練習終わりに道場で組み手が認められているのさ。もちろん上官がいないとできないけどね。でも今の私たちにとって新兵以外は誰でも上官になる」
「おいおい、誰もまだやるとは言ってないぜ?」
「私の気配や殺しの覚悟の事、知りたいんじゃないの?」
……コイツ…。俺の思考を読みやがった……。
やっぱり、何かあるな……。向こうからカマを掛けてくるんだ…。こちらとしては受けない手はないだろう。
何より確信があった。
俺はこいつに負けない、と。
「トロイ上官。今から私とトウマで自由形の組み手を行いたいのですが審判をしてもらっていいですか?」
「えっ!?何、お前ら殴り合うの!?」
「組み手だってんだろ?バカなの?」
「トウマ、上官。オブラート」
「随分とお頭はカーニバルでめでたいでございますね」
「バカよりバカにされてる気しかしねぇーよ!?」
かなり言葉を厳選したつもりだったのだが……。
「まぁいいぜ、自由形だな見てやるよ」
「ありがとうございます」
そして、俺はフウと改めて向かい合った。
改めて立ち会ってみてわかる……。こいつ、なんて希薄な気配をしてやがる……。瞬きをすれば見失ってしまいそうなほど、その気配は無に等しい。
恐らく、俺がどれだけ気配を消そうとしてもこいつほど消せないだろう。そして、俺がこれを習得しようとしても俺には何年経てもできないだろう。
天才。そう呼ばざるを得ない才能がこいつにはある。
だが、それは気配だけだ。恐らくそれ以外、知識に関しては微妙だが……、それ以外では全て俺勝っている。
そんな確信があるからこそ、俺は本気を出せないでいた。
「それでは今から自由形の組み手を開始する。ルールとしては床に10秒倒れ込むか棄権の宣言、それをした者の敗北、そして刃物類や金属をしようしても敗北とする」
フウは腕を構えない。殺意を気配を全てを消しきろうとしていた。だが構えないのは俺も同じだ。構えなど次にくる動作を縛っているようなものだ。
「勝った方が敗者に聞きたいことを聞く、それでいいわよね?」
「ああ、いいぜ」
「制限時間は無制限……開始!!」
その合図にほんのかすかな注意を向けただけだ。
それだけで俺はフウを見失う。
「なに……」
「!!」
「あめぇ!!」
背後からの攻撃を俺はしゃがんで紙一重で避ける。もちろん背を向けたままだ。ちなみに夜にはトロイと並んでもらっている。
今回ばかしは少しギアを上げないといけないかもしれない。そんな直感があった。
フウの蹴りが空を切る。俺はそこを突いて起点を変えて両足で踏み込み、フウの懐にいるはずだった。
だがそこにフウの姿はない。
「またかよっ!!」
今は組み手の最中、だが組み手と言え度これは戦闘だ。そんな戦闘で俺が人を見失う?
あり得ねぇ……。自分の五感や第六感に自信があるわけではない。だがそれでも俺が戦闘でそれを見失うなどあり得ない。
「まさか……」
魔法……?
「ッ!!」
「だから読めるって……」
俺は二の腕を出し蹴りが来るであろう方向に防御姿勢を作るがそれとはまるで逆方向から蹴りが飛んでくる。
「ぐあっ!?」
そして、これで確信する。
あいつは気配を操作する魔法の使い手である、と。
「厄介な魔法を使うもんだ……」
正直、数秒で片付ける予定だった。
だがフウは俺の予想を上回る強さ、いや厄介さを持っていた。だが厄介なだけだ。
俺の敵じゃない。
次、奴が攻撃を仕掛けてきた時。
全てが終わる。
「ッ!!!」
複数方向からの同時攻撃…。気配の魔法を操作する事がバレたからこそ行動だ。悪くない……。
だが相手が悪すぎたな。
「チェック!!!」
フウは俺の目の前に俺に認識されず現れ、俺の鳩尾に渾身の一撃を浴びせる。かなり脳に来るいい一撃だ。だが相手が本当に悪すぎた。
俺でなければ勝てていたであろうその決定打。
「!?」
「いやぁ、お前マジで厄介な魔法を使うんだな?」
「うそ……魔力を込めた渾身の私の一撃を………」
「いや、お前がここまでやるとはマジで予想してなかったわ。だけどな?相手が悪すぎたわ」
「あぐぁ!!」
俺は突きだされたフウの腕を掴み、逃がさないようこちらに引き寄せる。
「気絶程度なら圧迫でいいだろう。まぁちょっと苦しいが我慢しな」
俺はそのままフウに抱き締める。
「ぁああああああああ!!!!!」
だがそんな甘い抱き締めるではない。
文字通り、抱いて絞める。
これは数秒間するだけで大抵の人間は……。
「あっ…ぁあ……」
痙攣を起こし、その場に崩れ落ちる。
「しょ……勝者!!トウマ!!」
「やっぱりトウマ、強い」
「お前……なんて強さだよ。そんな実力があれば第一部隊に配属されるぜ?」
「おいおい?ただ抱き締めただけだぜ?俺がそれ以外の攻撃をしたかよ」
「フウの拳を受けてぴんぴんしてやがった」
「やせ我慢だ。おぉーいてぇ…」
「嘘くさいんだけど」
「とりあえず気にし過ぎな。俺は強くねぇーよ」
俺は夜を背負ってその場を後にした。
実際、フウの鳩尾はかなり来ていた。中々いいもんを持ってやがる…。普通の人間が受けたなら嘔吐と絶叫は免れないほどの威力。
「久しぶりにいいもん受けられたぜ…」
「トウマ、やっぱり変人」