第二話 第一章 崩壊の白銀と不浄なる触
【第二話 開幕(第一章〜第三章) あらすじ】
地表の99%が刈り取られ、すべてが終わりを迎えたはずの世界。
しかし、神々の思惑を嘲笑うかのように、壊滅した星の底深くで不気味な「未知の侵食」が始まりを告げる。
絶対の安全圏であったはずの天上界を揺るがす、凄惨な異変。
神々すらも恐怖させるその正体とは、肉体を失った人類が放つ絶望の渦か、それとも闇の深層に潜む恐ろしい狂気なのか——。
一方、光の届かぬ地下三千メートルの暗黒では、神罰の目を逃れた者たちが狂乱の宴を繰り広げていた。
龍の血を貪り、異形の怪物へと化していく寄生虫たち。
そして、その激痛と狂乱の渦中で静かに息を潜める、言葉と自我を捨て去った少女・ミナ。
世界を震撼させる「絶対的な神罰の針」が天から振り下ろされるとき、星の脈動と一つになった少女の存在が、全宇宙の理を根底から覆す衝撃の奇跡を引き起こす!
さらなる絶望と圧倒的なスケールで贈る第二話、激動の幕が開く!
天上界、第十七記録保管庫。
そこはかつて、宇宙の理と完璧な美しさだけが存在する白銀の回廊であった。
だが、いまやその静寂は不快な濁色によって無残に踏みにじられていた。
天井も床もない光の海に漂う無数の透明な羊皮紙が、どす黒い赤と紫の光を撒き散らしながら、甲高い警告音を上げて明滅している。
「……ウリエル様、大変です。隔壁の侵食速度が、我々の処理能力を超えました」
記録官・サリエルの青白い半透明の指先が、激しく乱れる羊皮紙の上を駆け巡る。
その美しくも冷酷な顔面には、天上界が開闢して以来、一度も見せたことのない狼狽の色が浮かんでいた。
「刈り取りは完了したはずだ。地表の99%の生体カロリーは回収船のプラズマ炉へ放り込み、無菌状態のエネルギーへと還元した……。残存個体は野生の淘汰に任せれば数年で自然消滅すると、そう計算が出ているはずだが」
実体を持たず、光の屈折と高次元の重力波だけで構成された高位管理神・ウリエルが、苛立ちを孕んだ声で空間を歪める。
サリエルは幾何学的な光の波動を操作し、地球の「地下脈管構造」のホログラムを空間に展開した。
「計算が狂ったのです、ウリエル様。地表の『人間』という名の病原菌は確かに一掃しました。しかし、彼らが数万年かけて地表を穿ち、築き上げた深層掘削坑——その暗黒の底に、刈り取りの光幕の目を逃れた『混入者(龍の寄生虫)』の残党が潜み続けています。奴らは龍の筋膜に直接穴をあけ、その血潮を貪りながら肥大化している」
「不快な虫ケラどもめ……だが、地底に潜む数千の虫など、龍がひとたび身震いすれば潰れ放たれるはずだ。なぜ天上界の隔壁が侵食されている?」
「……これをご覧ください」
サリエルが羊皮紙を叩くと、プラズマ炉の内部データが映し出された。
そこには、数万度で灼熱煮立たせられているはずのカロリーの海の中で、うごめく漆黒の「渦」が存在していた。
数十億の人間の肉体を焼き尽くした瞬間に放出された、膨大な「自我の残滓」。
死の瞬間に焼き付けられた激痛、奪われた命への凄惨な執念、神への憎悪、そして『自分たちは星の支配者だ』という果てしない傲慢。それらの念が高次元の炉の中で消滅することなく、泥のように重い「怨念のデータ」へと結晶化していたのだ。
ドクン……ッ!!
突然、天上界の白銀の回廊全体が、重い地鳴りのような衝撃とともに跳ね上がった。
光の羊皮紙が数千枚一斉に破裂し、白銀の柱に黒い亀裂が走る。
「ガハッ……!?」
サリエルが口から銀色の体液を噴き出し、その半神の肉体が波打つように歪んだ。
「馬鹿な……! 家畜の怨念ごときが、高次元の位相隔壁を物理的に突き破ってきただと……!?」
ウリエルの光の輪が狂ったように明滅する。
「神々の絶対的な計算は破綻しました」サリエルは裂けた口から銀の血を滴らせながら、狂気に満ちた瞳で呟いた。「人間はただの肉ではなかった。『知性』という名のバグは、肉体が滅びようとも消滅しない毒です。奴らは死してなお星を腐らせ、その怨念の質量をもって、我々神々を泥の地獄へと引きずり下ろそうとしている!」
「認めるわけにはいかん……神々の敗北など……!」
「ウリエル様、もはや地表の選択的刈り取りなどという生ぬるい手は通用しません。防衛プロトコルを最終段階へ移行します。地表の残存個体、地底の混入者、そして目覚めかけた古生龍——そのすべてを、宙域ごと蒸発させる『神罰の針』を投下します!」
サリエルの叫びとともに、天上界の底部が静かに開き始めた。
そこには、ひとつの宙域を軽々と粉砕する超高密度のエネルギーの針が、青白い殺意を湛えて地表へと狙いを定めていた。




