上の階
――え、怖い話をしてくれ、ですか?
うーん、怖いといえば怖い話はありますけど……。聞きます?
私、マンション暮らしなんですけど、上の階の住人がやたらうるさくてですね。
子どもでもいるのかな、ドタバタ走り回ってる音がして。
あとは何かで床を叩いているのか、ドンドンって突くような音。
「また上の人、うるさいわねえ」
同居している母も少し顔をしかめて、ため息をついていました。
この音がするようになった時期、いつからだったかなあ……。だいぶ前からのような気もするし、つい最近のような気もします。
すみません、私がほとんどこの騒音問題を気にしていなかったので、あまり記憶がなくて。
むしろ、私が在宅で仕事してて、昼間一人で家にいるから、誰かの生活音がすると安心するんです。
たまに別の部屋からギターやピアノの音も聞こえてきますよ。
それ聞くと、「ああ、ここは私一人ぼっちじゃないんだなあ」って感じ。
……すみません、話がそれましたね。
とにかく、母と「上の階の人って何やってるのかしら」「家族連れなのかな、そういえば会ったことないね」と話していたんです。
マンションって、同じ階の人とすらもあまり頻繁に会ったり話す機会がないので、違う階の住人だとなおさらですよね。
ある日、とうとう我慢の限界に達した母が、「管理人さんに代わりに注意してもらおう」と言い出して、一階の管理人室に一緒にいくことにしたんです。
それで管理人さんに文句を言って、注意してもらうように頼んだら、その管理人さん、不思議そうに首を傾げていたんですよね。
「上の階、誰も入居しておりませんが」
私はその場が凍りつくのを感じました。
しかし、気の強い母は「そんなはずはない、なら直接確かめるからついてきてほしい」って、管理人さんを巻き込んで、上の階に行くことになったんです。
母は一人きりでも居間でホラー番組を平気で見てるくらい、ホラー耐性のある人でした。
だから、肝が据わっていて、「何が出てきてもやっつけてやる」くらいの、度胸のある女性だったんです。
こうして、直接上の階の住人に文句を言いに行った母と管理人さん、そして一緒についていくことにした私。
玄関のドアは鍵がかかっていなくて、ドアノブのレバーハンドルを回すと簡単に開きました。
中に入ると家具も何も置かれていなくて、誰かが生活している感じはありません。やっぱり誰も住んでいないみたいでした。
……ただ、床にお酒の空き缶や空き瓶が転がっていて、明らかに「誰かいた」痕跡があったんですよね。
床の上には、ついさっきついたような泥の足あとだけが、廊下の奥へと続いていました。




