第3話「ミラル、堕天使と休む」
追放された魔女の私、ミラルは今、路地裏で手に入れた奴隷の堕天使と共に、草原を歩いていました。
――みたいなおとぎ話作ろうかな。いや、話が破綻するからやめよう。
「ねぇねぇ堕天使君、お腹空いた?」
「……天使は空腹を感じない」
えぇー! それこそ最強の能力なんじゃないの!?
いいなぁ、腹が減らないとか。今の私が最も欲しい力かも。
だって今の私、銅貨2枚しかないうえに、さっきの街には気まずすぎて戻れないから。
仕方ない。森を見つけたから、少し休もう。
「ねぇ、いったんあの森に入ろう? あなたの姿、外だと目立っちゃうし」
森の中は、太陽の光が透けていて美しかった。
私はもともと、こういう生命を感じられる場所が好き。小鳥のさえずりなんかも聴いていたい。
堕天使は私の後ろについてきながら、緑色の森を眺めていた。
「さーて……とりあえず、このへんに座ろ。ねぇ堕天使君、火とか起こせない? 私さ、炎魔法が得意ではないんだよね」
私の専門分野は水魔法。残念ながらいくら天才でも、得意不得意は色々とある。
すると堕天使は、地面に向かって直に炎を出そうとした。待って待って! 違うって!
「そんなことしたら火事になるでしょ! 木の枝を集めてきて!」
「……」
堕天使は無言で私を見つめた後、静かに木の枝を集め始めた。
あぁもう、何か返事くらいしてよ!!
火をおこした後、焚火を囲いながら私と堕天使は座り込んだ。
やっぱり綺麗だなぁー、堕天使君は。あんな檻に入れられてたとはいえ、もとある美しさは一片の曇りもない。
あとは、強すぎ。誰だっけ? 堕天使が飛んで逃げようとしたら、魔法で撃ち落とすとか馬鹿なこと言ったのは?
……でもそろそろ、「堕天使君」という呼び方はもどかしくなってきたな。
名前とかないのだろうか? そうだ、聞いてみるか。
「ねぇ、堕天使君は名前とかないの?」
「――堕落した底辺の天使に、名前を呼ばれる価値などない」
ものすごいほどの自己否定……
肯定感がなさ過ぎて逆に驚いた。でも、この感じだと名前はあるみたい。
「私が教えてって言ってるじゃない! 名前、あるんでしょ? 堕天使じゃ呼びにくいの!」
「……」
立場上、一応……ね? 私が上なんですし。
すると彼はため息をついて、静かに告げた。
「……かつて天の国では、リタという名だった」
「よーし、リタね!」
「……」
なんだ、まともな名前があるじゃん。今度からは堕天使なんていう名称じゃなくて、ちゃんとこっちで呼ぼう。
「堕天使ってなんなの? そのまま、天使が堕落したってこと?」
「……そうだ。神に反逆した天使が、罰せられて天の国から地上に堕とされる」
「天の国……」
「天界だ。教会が祈る先は、天の国に届く。遥か高い空にあるんだ」
へぇー……実際にちゃんと、教会の願いって届いていたんだ。
豊作とかを恵んでくれるのかな。すごく気になる……。
というか、リタって神に反逆したんだ? 全然、そういうことをしそうには見えないけれど。
「ありがと、ちゃんと名前を教えてくれて」
「……」
「天使からすると、この世界ってどうなの? 森とか自然とか人間とか」
「……空は雲だらけだ。森も自然もなかった。人間は……どうなんだろうな」
彼はそう言うと、私をチラリと見た。
え、何で見たの。私、何か変なこと言った? まぁいっか。
さて……と。
リタから見たら、私は突然自分を買ってきた女だもんな。
ちゃんと私のことも説明してあげないと。
「私はミラル。さっき聞いちゃったかもしれないけど、私……城を追放された魔女なんだよね」
「そうなのか。何か罪でも犯したのか?」
「違う。城にいたライバルの魔法使いがね、卑怯なことをしてきたの。いくら私が邪魔だからって、自分の失敗を全部私に押し付けてきて」
「理不尽な奴だな」
「でしょ!? だからさ、あなたにお願いしたいことがあるの」
私は、彼の黄金色の瞳を見つめる。
「私と一緒に、魔法使いへの復讐……あなたの力を貸して!」
私は確信していた。
リタの力があれば、絶対に魔法使いを倒せる。権力など関係ない、最強の魔力を、あいつに見せつけてやる!
すると、リタは静かに笑った。
あ! やっと表情を変えたぞ、この堕天使!
「……お前は最初から、それが目的で俺を買ったんじゃないのか?」
「違うっ! あなたが強いだなんて、知らなかったし!」
「フッ……いいだろう。それが主の命令ならな」
余裕を込めた目で私を見下ろす彼。
私は心の中でほくそ笑んだ。
よし……ひとまずは、リタを正式な仲間にできた。これで私は、自分をも超える最強の戦力を得たわけだ。
「ありがとう! さすがは我が天使君!」
「……」
「ほら、ご褒美に木の実をあげましょう」
自分で言うのもあれだが、ご褒美ってなんだ?
そう思いつつも、私は森の奥から拾ってきた赤い木の実を彼に渡した。
彼は繊細な指で木の実を持ち上げると、首を傾げる。
「……なんだこれ。俺は腹が減らないって……」
「いいじゃん、食べてよね! ほら、はい、主の命令!」
「……」
あぁもう、なんでもかんでも命令で何とかなるの、ヤバすぎでしょ。
彼はため息をつきながら、木の実を口に含んだ。
とたんにあの綺麗な瞳を大きく開ける。
「……からっ」
「え? うそ、あ、間違えた!」
うわ、木の実に関する知識は自身があったのにな。間違えて、甘いやつじゃなくて辛い木の実を渡してしまった。
仕方ない。いくら天才魔女とて、小さなミスくらいはあるのだ。
「それにしても、城から追放された魔女と、天界から追放された天使……私たち、すごく似た者同士じゃない?」
「……そう、かもな」
「じゃあこれからよろしくね! リタ!」
そう言って笑顔を浮かべた私に、リタは無言で頷いたのだった。




