第14話「ミラル、堕天使を追う」
「いやっほ―――ぅ!! 楽しすぎるっ!!」
私がいるのは、青空の下にお菓子がたくさんある世界。
あっちにはチョコレート、こっちにはロリポップ。まるで幼心に戻ったような気分だ。
「マシュマロ美味しい! 何この世界、最高すぎるじゃん」
そういえばリタはどこだろう?
リタと一緒にお菓子を食べたい! 辛い木の実じゃなくて、甘味を一緒に楽しみたいな。
「リタはどこにいるのかな……って、あっ」
近くから、バサバサッという音が響いた。
間違いなくリタだ!
隠れているのかな? かくれんぼ? おーい、出ておいでよ!
すると私の足元に、羽根が1本落ちてきた。
「うふふ…………?」
――羽根が、真っ白だ。
私が前にリタから抜いた羽根も取り出してみると、雪のように白かった。
「……は?」
顔を上げると、そこには――天使が、いた。
純白の両翼と、黄金の輪を持つ完璧な天使。
――そんな彼は、やけに見慣れた銀の長髪と鋭い瞳が輝いていた。
「……リタ? リタなの?」
「……」
確証はないのに、思わずつぶやいてしまう。
――だって目の前の彼は、リタ以外にあり得ないのだから。
「えっ……いつ、天使に戻ったの? 戻れたの?」
「……」
「何か言ってよ。待って、どういうこと?」
いつの間にか、周囲からお菓子の山が消えている。
リタが立つ陰から生まれた闇が、明るい世界を少しずつ呑みこみ始めた。
「ねぇ、リタ……」
「……俺はもう、お前と一緒にはいられない」
「……えっ? 急に何……どうしたの?」
するとリタはそれ以上、何も言わなかった。
ただ無表情で、困惑した私の顔を見つめた後――彼は地面をそっと蹴り上げ、宙に浮かび上がった。
「ま、待って!」
大きく手を伸ばすが、リタは感情のこもらない瞳でそれを見下ろし、顔を逸らした。
すると突然、私が立っていた地面が崩れ出した。
でもそんなことを気にしている場合ではない。
必死に手を伸ばしたのに――リタは、見向きもしてくれなかった。
どうしてなの?
悪夢であってほしい。
どんな声も届かずに、私は深淵へと落ちていく。
リタが羽ばたいて、散らばった羽根が朽ちていく。
純白の彼は光り輝く世界へ飛び上がり、姿を消した。
苦しい……苦しいよ、リタ。
私とリタは、一緒の時を過ごしてから別れるんだよね……?
「……はっ」
朝日が昇った。
陽光が身体に当たっているはずなのに、私の体は凍えたままだ。
――寒い。
私を覆っていたはずの、暖かなぬくもりがない。
「……リタ?」
私はゆっくりと顔を上げて、周囲を見渡してみた。
誰もいない。
「……リタ!!」
ついに私は大声を上げて飛び起きた。
リタは!? リタはどこにいるの!?
昨日、一緒にくっついて眠ったはずなのに! どこかへ行くとは、私に言っていなかった。
「……あ、羽根……」
私は直感で、懐から羽根を取り出してみるが――色は、濃い紫紺のままだった。
どうやら先ほどの出来事は、夢だったようだ。リタは堕天使のまま。
――それはいいけれど、リタがいないのは夢じゃない。いくら声を出して叫んでも、私の前に現れてくれなかった。
「嘘……」
絶望が溢れ出す。
ふと私は、夢の中のリタが漏らした一言を思い出した。
『俺はもう、お前と一緒にはいられない』
…………。
リタ、まさか……私を置いて、天の国へ帰ってしまったの?
「いや……たぶん、できないはず」
そんなことができるなら、とっくに私に教えているはず。
上位天使っていう奴らに会いにいったの?
リタは、私の天使は……私なしで、1人で天界に戻れるの?
「あっ……」
地面をよく見ると、黒い羽根が落ちている。
リタが出て行ったときに、もしかしたら羽根がすれて落ちたのかもしれない。
……外に行ったら、まだリタが傍にいるといいな。
ただ森から出ただけなら別に……
「…………」
外に出ても、リタはいなかった。
代わりに村を見つけた。なんだか、複雑そうな表情を村人たちは浮かべている。
地面には、リタの手配書が散乱していた。
……リタを目撃しなかったか、聞いてみようかな。
「あの、すみません」
「……なんだい、お嬢さん。旅人かい?」
「この紙に書かれた堕天使に、見覚えはありませんか……?」
「……!」
たまたま声をかけた男性は、顔を青ざめさせた。
リタについて、何か知っているのだろうか?
だったら問い詰めなくては。
「な、何か知ってるんですね?」
「……」
「早く教えてください! 私、この堕天使と一緒にいたんです」
「そ、そうなのかい……!?」
男性はたじろいだ。
すると他の村人たちも私に気づいて、驚いたような目で見てきた。
「お、お嬢ちゃん。この堕天使は、真夜中に自ら村に現れたよ」
「……え?」
「そんでもって、自分からこう言ってきたさ。『俺には金貨1000枚の賞金がかけられている。この村は貧困なのだろう? 俺を使って賞金を得るといい。仲間には、許可を取ってる』……って。最初は俺たちも悩んだけど、堕天使本人が何も抵抗しなかったし……」
「……それってつまり、堕天使を教会に連れてっちゃったんですか!?」
「あ、あぁ。たぶん……」
……お願い。誰か、これを嘘だと言って。
リタ、勝手にいなくなって……自分から捕まるとか、何してんの!?
「その言葉は嘘です! 堕天使は、私に何の許可も取ってません。今すぐ連れ戻してください!」
「む、無理だよ。数時間前の話だもの。もうすぐ教会へ着いてしまうころじゃないか?」
「……なら、教会の場所を教えて! 私が走っていくから!」
「で、でもそれだと、僕らの賞金が……」
村人たちは、戸惑ったような様子で顔を見合わせた。
……やがて1人の女性が、震えている手を上げた。
「……いや……おかしいわよ、普通。命あるものを売って、お金を得られるとか。これで金貨1000枚もらって、私たちはいい気分になれると思う?」
「……」
「この女の子がかわいそうよ! 教会の場所くらい、教えてあげてもいいんじゃないの?」
その言葉をきっかけに、村人たちがざわめき出す。
――知ってる。人間が、優しい生き物だっていうことは。
みんな、生きるのに必死なだけだ。この村人たちが悪いんじゃない。魔力だけは抑えろ、私――
「……教会の場所、どこですか」
「……あっちの、高い木の方角が北だ。木を超えた先の山に、教会がある」
男性が、ため息交じりにつぶやいた。
よし、これでいい。
教会の場所はわかったのだから、あとは全力で走るだけだ。
「ありがとうございます、教えてくれて」
「……」
村の人々は、苦笑を浮かべた。
貧困に困っているのは本当なのだろう。服もぼろくて、建物も荒い造りだ。
前にドドラの被害に遭った村と、同じような場所だった。
「お金の件は、いつか私が何とかしますから」
「……!」
「では、またあとで」
とにかく、間に合わせるしかない。リタが連れていかれる前に。
私は全力を出し切って、教会へと走り出した。
もともと走るのが苦手な私。でも、今は疲れを感じている場合ではない。
白い冠が飛ばされないように。絶対に、リタに追いつかないと――!




