第12話「ミラル、堕天使と逃げる」
「いったん森の中とかに逃げない?」
「……この近くには森があるのか?」
「あ、そっか……見える限りでは見当たらないね」
「なら俺が飛んで確かめてみる」
「え、ちょ!」
私が止める前に、リタは羽を広げて高く飛んだ。
ちょっと! 飛んだら目立っちゃうでしょ!? もっと慎重に行動しないとっ!
すると降りてきたリタが、西の方角を指さした。
「あっちの方に、ちょうど良さそうな森があったぞ」
「そうなの? じゃあそこに向かいましょうか……って、ほんとに! 私の命令以外でも動いていいけど、軽率に動かないでよ!? あなた、最近そういうのが増えてるから!」
「……」
リタはなぜか翼を丸めて縮こまった。
なんなの? 別にいいけど……最近、妙に甘えたがり屋さんだよな。
出会ったばかりの氷みたいなリタはどこへやら。まぁ、私はいいと思うけどね。
しかし、私たちが森の方角へ歩き出そうとした瞬間――
「いたぞ、さっきのアマだ!」
「やはりこの紙に書かれているのは、あいつが連れている堕天使か」
……ついさっき尻尾を巻いて逃げたはずの盗賊が、再び戻ってきた。
それも、前より多い人数で。
会話から推測するに、どう考えてもリタを狙っていることはわかった。
「……めんどくさっ! ていうか、見つかるの早すぎるでしょ……」
「ミラル、どうする? 雷で潰すか?」
「……いや、あまり派手なことをしていたら、もっと人が来ちゃう。リタ、ごめんだけど……私を掴んで空を飛べないかな」
空を飛ぶのもかなり目立ってしまうのだが、雷をボンボン落とすよりはマシだろう。
するとリタは即座にしゃがみ、私を背中に乗せてくれた。
「待てっ! どこいきやがるてめぇら!」
「リタ、早く!」
盗賊にかかわるのとか嫌すぎるから!
私が急かすと、リタは翼を大きく広げ、一瞬にして空へと舞い上がった。
「うわっ!」
「よぉーし。リタ、重くない?」
「むしろ軽すぎるくらいだ」
「ならいいわ。もっと上空を飛んで、盗賊たちから姿を消すの!」
日が暮れる空を飛び、私たちは遥か上空へと姿を隠す。
「ふぅ……とりあえず、森には隠れられたわね」
盗賊たちから逃げることに成功した私たち。
森の中に隠れ、ひとまずは様子を見ることにした。
「なんだか前にも、森で2人きりっていう場面、なかったっけ?」
「……そういえばあったかもな。お前が辛い木の実を食わせてきた時のことか」
「うあああ、やっぱり忘れてそのことは!」
くだらないことを思い出させてしまった。あの時のご褒美発言は黒歴史でしかないから、一刻も早く記憶から抹消したい。
それにしても……これからどうしようかなぁ。
今度は王城を追放されるのとは話が違う。天の国とかいう、もはや私にとっては別世界から追われているようなものだ。
何のためにリタを連れ戻したいんだろう? よくわからないけれど、絶対にろくなことではないことは察していた。
「マジで嫌になるね、一ヶ月もかけて帰り方を探していた場所から指名手配されるとか……」
「……ミラルは、指名手配されていない。俺と一緒で大丈夫なのか?」
「まぁ……あなたと一緒にいれば私も危ないけれど、こんな状況であなたを放っておけないし?」
「……」
ここでリタを見捨てては、今までの旅は意味をなさなくなる。ちゃんとリタが無事に天の国へ戻れるように、私は最後まで協力すると決めたんだ。
……と、思ったのだが。
そういえばリタが一言も「天の国へ帰りたい」と言っていなかったことを思いだした。
「あ……。私、押しつけがましいことしてたかな。リタ、大丈夫? 天の国に帰りたい?」
「……帰れることなら、帰りたい。神様は苦手だが……雲の上はやはり、居心地がいいんだ。俺はもともと天使だからな」
「……だよね。ならよかった。私の自己中で、天の国へ帰らせようとしていなくて」
「あ……でも」
リタは少し沈黙した後、小さな声でつぶやいた。
「……天の国へ帰ったら、ミラルとはもう会えなくなるよな?」
「……え? た、たぶん、そうだと思うけど……」
「……そうか」
あぁ……そういえば会えなくなるかも。私は天使じゃないし。
それはちょっと……悲しいかもしれないけれど。私もリタも、ロストを倒した後、共に離れたくないって言ったんだから。
でも最近、旅を続けていくにつれ――私は、考えが変わっていた。
よく考えてみれば、いつかは別れる……それが、自然なのかも。
私とリタは本来、生きる世界は異なるのだ。どんなに仲が良くても、最終的な行きつく先は――違う、のかもしれない。
突き刺すような胸の痛みを覆うために、私は笑顔を浮かべてみせた。
「……でも大丈夫! 私はあなたが天界に戻れるよう、いろいろ考えてみるから!」
「……」
「なるべく追手に見つからないようにしながらー……そうね、まずはあなたが言ってた上位天使を探しましょ。リタが天の国に戻れた後だって、神様をどうするかなどの問題はあるし……いろいろ大変そうだなぁ」
うっわ……これ、めちゃくちゃ難解。大変だし、私だって気を付けないと危険な目に遭うかもしれない。
……まぁ、時間をかけながら少しずつ解決を導いていこう。リタと一緒に。
すると――
リタが突然、地面から立ち上がった。
「……リタ?」
「ミラル、少しだけ森の外に出て行っていいか」
「え……なんで?」
「風に当たって、考え事をしたいんだ」
リタがそんなことを言い出すなんて、初めてだ。
考え事をしたい……? 何か、悩んでるのかな。
「……大丈夫なの?」
「心配するな。少ししたら、必ず戻ってくる」
「……」
するとリタは、私に背を向けて立ち去っていく。
月明かりだけが頼りの森の中では、彼の目立つ翼もあっという間に闇に溶け、見えなくなった。
いや……戻ってこないという心配とかは一切していないんだけど……
……指名手配されている彼は今、どんな心情なのだろう。
「ミラルは、俺が天界に戻ったら……どう思うのだろうか」
月明かりが地を照らす草原に顔を出し、リタは小さなため息をついた。
吐息が白いぬくもりとなって、風に流され消えていく。
「ミラルは俺が天の国へ帰るのを、手伝ってくれるのか……」
それは旅を始めた時から決まっていることだ。
だが今は――リタが原因で、ミラルすらも危険に晒されている状況である。
「……あれは村か?」
周囲を見渡してみると、遠くに小さな建物の集まりと、松明の光が見えた。
リタは興味本位で村に近づき、地面に指名手配書が散乱していることに気づいた。
「!!」
慌てて羽を縮め、立っている木の陰に身を潜めるリタ。
彼が耳を澄ますと、村の中から不安げな話し声が聞こえてきた。
「村の資金が足りない……。魔物に襲われた被害を修復するので手一杯だ」
「子どもたちの未来が心配だわ……」
(魔物に襲われた……? 前のドドラみたいに、他の村も襲われてるのか)
リタは姿を隠しながら、村人たちの会話を盗み聞く。
「ところでこの突然降ってきた紙……本当のことが書いてあるのかねぇ?」
「っ!」
思わず声が漏れそうになり、リタは口元を手で押さえた。
――村人たちが、リタが描かれた指名手配書を手に話し合っている。
「だとすれば、きっと神様の恵みだ。金貨1000枚なんて、恐ろしい額だよ」
「この紙に書かれている堕天使っていうのを捜せばいいのか。なんて……都合よく見つかるわけもないだろうね」
「最近、堕天使が目撃されたっていくつか情報があるみたいだけど、とんでもなく強いみたいだ。見つけたって、捕まえられるような力は俺らにないだろ」
諦めたように、嘆息を漏らす村人たち。
リタは静かに、己の手のひらを見つめた。
(俺が強いという情報は、すでに広まっているのか……)
今までは自分の姿を隠して旅をしていたわけでもない。
ロストの件もあり、自分のことが知れ渡っているのは当然と言えば当然だ。
そして――
(もし、俺が捕まったら……この人たちは、大金が手に入るのか?)
この時から、リタの運命は鈍足に――しかし、確実に変わり始めていた。




