4.彼女と彼の出会い
執務室には窓が2つあり、大きな窓のそばには執務テーブルが、小さな出窓のそばには休憩用の丸テーブルが置いてある。
セレナは丸テーブルに向かって椅子に腰を下ろし、ルシアンはいつものように立ったまま後ろへ回ろうとする。
「待って」
短く呼び止める。
「座ってくれない?」
なんだか今日はルシアンと話したい気分だった。
命令ではないことに気づいたのか、ルシアンは逡巡して恐縮そうに動き出す。
「……失礼します」
彼はセレナの正面ではなく、少し斜めの位置に腰を下ろす。
距離はあるが、今日初めて視線が同じ高さになった。
メイドが紅茶を注ぎ、静かに退室する。
カップを持つルシアンの指は大きく、節がはっきりしている。
剣を握るための手だと、一目で分かる。
昔は私より白く、細かったのに。
「ねえ、ルシアン」
「はい」
「あなたと初めて会った日のこと、覚えてる?」
彼の動きが、止まった。
「……ええ」
――あの日。
屋敷の裏門の外。
雨に濡れた石畳の上で、彼は血を流していた。
年齢の割に大きな体。
顔はあざだらけで、元の肌色がわからないほどだった。
力なく地面に倒れた彼を見下ろすと、目だけは必死で、逃げ場を探す獣みたいできれいだと思った。
「連れて帰るって言ったら、父も母も反対したわ」
セレナは、湯気が立った紅茶を見つめたまま続ける。
「“どこの誰かもわからない”“危険”って。正論ばかり」
でも。
「あなたが、私を見たの」
その視線を、忘れられない。
「助けてって言わなかったのに。
それでも、助けてほしいって顔をしてた」
ルシアンは、何も言わない。
だが、その背筋は、わずかに強張っている。
「結局認めてもらえなくてその日はあなたを置き去りにしてしまった。
私、悔しくて泣いたわ。
でも、両親の目を盗んで戻って、馬小屋までなんとか引っ張ってったのよね」
ルシアンを馬小屋に匿っている間
何日も、両親の執務室に通った。
何度も断られ、それでも引かなかった。
「最後はね、父が言ったの。
“そこまで言うなら、責任を持て”って」
セレナは、少しだけ微笑む。
「責任って、何か分からなかったけど。
それでも、あなたをうちに引き入れたことは、後悔してない」
しばしの沈黙。
ルシアンは、ゆっくりと口を開いた。
「……あの日、私が生き延びたのは、あなたのせいです」
低く、静かな声。
「こうして、お茶を飲む時間をもらえるのは」
一瞬、言葉を探すように視線を落とし、
「過ぎた褒美だと思っています」
セレナの指先が、カップの縁で止まった。
胸が、きゅっと締めつけられる。
「……行きましょうか。礼拝堂」
「はい」
彼は立ち上がり、いつも通りセレナの半歩後ろへ戻る。
他の貴族からも、王宮騎士団からも声がかかるほど優秀な騎士。
そんなルシアンが自分のものであることが、この日はやけに誇らしく感じた。
この男は、
自分が泣いて、縋って、選び取った存在なのだ。




