【8】恋する科学者たちと、合法スパイ弁当
翌日、S.A.G.E.本部。
ナディアは休憩時間になると、レストルームで髪飾りを直していた。
今まで付けたことのない、花の髪飾り。
思わず鼻歌がこぼれ、鏡の中の自分に一喝を入れる。
「これは今後の捜査のため! 連携してる刑事との親交を深めた結果よ!」
……だが、昨夜のベックとの夕食が脳裏をよぎる。
あのキュービー顔でもぐもぐしてるベック。
巨体を揺らしてワインを選んでくれたベック。
デザートをおかわりしてるベック。
そして――終始、笑顔のベック。
「はあ〜……!! 絶対似合うのよ……! レザーフェイス!!」
ナディアは頬を赤らめ、ランチルームへ向かった。
そこには、またもやエリオット・ブレア博士が、
死んだ魚のような目でフォークを動かしていた。
ナディアが機嫌よく話しかける。
「あら! 今日もフルコースなの? 素敵ね!」
だがエリオットは「……はあ……」と、機械的に食事を口に運ぶばかり。
――セレニスでの仕事が終わるまで毎晩これ!?
そう思うと、絶望しかない。
そこへ爽やかな声が響いた。
「あら、ウォーカー所長、ブレア博士。ごきげんよう」
イーサンの右腕、カリスタだ。
微笑みながら「お疲れさまです」と言い、エリオットの弁当に目を落とす。
「あら……! ヴィヴィアンって、本当にお料理が上手なのね!」
エリオットがガタンと立ち上がる。
「姉が……弁当を作ってることを知ってるんですか!?」
カリスタはにっこり笑った。
「ええ。自慢していたわ。ブレア博士みたいな弟さんがいたら当然ですよね」
「……!! あのっ……! 少しお話、出来ませんか!?」
「……え?」
戸惑うカリスタ。
ナディアも、思わずフォークを落とした。
セレニス・ベイのお洒落なカフェ。
真冬でも明るい日差しが差し込む。
ツインテールを揺らしながら怒り狂うロクシー。
そして、顔面蒼白のルチアーノ。
「あんたねぇ……」
その声は氷のように冷たかった。
「“優雅に泳ぐ”が、なんでお手本みたいなバタフライになるのよ!?
アンジュちゃんが言ってたよ! ルシアン、25周したんだって!?」
「……申し訳ございませんッ……!」
ルチアーノは土下座寸前で頭を下げる。
「じゃあ、第2弾こそ完璧に決めるわよ!
今度失敗したら……イレイナに言うからね?」
「ハイッ! ロクシー先生の御心のままに……!!」
「よろしい!
じゃあ、あのバタフライを掻き消すくらいベタなロマンチック路線で行く!」
「それは……夜景の見えるレストランでディナーとかですか!?」
キラキラと目を輝かせるルチアーノ。
ロクシーの目が絶対零度で凍りつく。
「発想が古くさいのよ、おじさん!
私たちは最高にロマンチックな場所に泊まってるでしょ!?
そこでやらかしたルシアンの印象を、一気に塗り替えるの!」
ロクシーがバンッと音を立てて脚本を置いた。
タイトルは――『朝焼けと共に現れる王子様』。
ルチアーノは感極まり、目元をハンカチで押さえる。
「朝なんだ……!!」
ヴィヴィアンは、自分のラボのパソコンで動画を再生していた。
画面には――カリスタとエリオットのツーショット。
これで、再生125回目。
だがS.A.G.E.では盗聴を防ぐため、主任捜査官の許可がなければ録音は禁止だ。
「カリスタを好きに!? 一目惚れ!? あり得る! でもッ!!」
グビッとブラックコーヒーを飲み干し、再び再生ボタンを押そうとした――その時。
「ヴィヴィアン、ちょっといい?」
ノックの音と共に、カリスタが入室してきた。
バンッ!!
ヴィヴィアンは反射的にパソコンを閉じる。
「……ええ、もちろん」
ゴクリと喉を鳴らすヴィヴィアン。
カリスタは気づかず、柔らかく微笑む。
「ブレア博士に聞いたわ。
あなた、博士に毎晩お弁当を作って届けているんですって?」
ヴィヴィアンが唇を噛む。
「……ええ、そうよ」
カリスタが一歩、近づく。
「ねえ、ヴィヴィアン。
まず、お弁当を届けるのにSWATを出し抜くのは法律違反よ?
チーフが知ったら許さないわ」
ヴィヴィアンは――
ハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けた。
その夜。
エリオットは疲れ果て、ベッドにダイブした。
だが――ヴィヴィアンは現れない。
ホッと息をつき、バスタブに湯を張る。
「今夜はゆっくり眠れそうだな! そうだ、ノアに連絡してみるか!」
ウキウキとスマホを手に取った瞬間――インターフォンの音。
「……何も頼んでないけど……?」
不審に思いながら画面を見ると、
そこにはホテルの従業員の姿が映っていた。
「クリーニングをお届けしました」
あっ、とエリオットは気づく。
――そうだ、クリーニングを頼んでいたんだ。
「はーい! 今、開けます!」
そうしてドアを開けた瞬間、
ワゴンごと部屋に入ってくる従業員。
呆然と立ち尽くすエリオットの前で――
その人物は、カツラとマスクと眼鏡を外した。
そう、まるでジェームズ・ボンドのように。
「姉さん……!! 何してるんだよ!?」
ヴィヴィアンが艷やかな髪をふわりとなびかせ、
堂々と宣言する。
「私が間違ってたわ、エリー!
合法的にお弁当を届けなきゃね!
はい、明日のお弁当! 一つずつ小分けにしてあるから、感想をくれると嬉しいわ!
じゃあね!」
それだけ言うと、ヴィヴィアンは颯爽と廊下に消えた。
エリオットはその場に、ぺたんと座り込んだ。
――セレニスの夜に、科学者の悲鳴が静かにこだました。
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