【7】ヴィラ潜入、狩人所長とブーメラン天使〜セレニス星空パニック〜
偽造紙幣の捜査は順調だった。
だが、ナディア・ウォーカー所長はその日の業務を終えると、ホテルには戻らず――
まっすぐにセレニス・ベイ署へと向かった。
突然、警察署の受付に現れた超絶美人。
完璧なスタイルと知的なオーラを、これでもかと放っている。
受付の警官が、思わず背筋を伸ばした。
「な、何か……ご用ですか?」
ナディアは優雅に微笑む。
「私、S.A.G.E.で仕事をしております。国立分析研究所、所長のナディア・ウォーカーですわ。
鑑識の方と少しお話がしたくて」
身分証を提示すると、警官の態度は一変した。
「し、失礼しましたッ! どうぞお入りください!」
ヒールの音を響かせながら廊下を進むナディア。
だが――その知的な微笑みの下では、まったく別の目的が渦巻いていた。
――いないじゃないッ……!!
あのキュービー刑事!!
あのサイズ感なら絶対一発で見つかると思ったのに……!!
刑事課をそれとなく歩き回るナディア。
その瞬間、ベックがリオとアーチボルトを連れてドアから現れた。
咄嗟にデスクの影にしゃがみ込むナディア。
その突然の挙動に、刑事の一人がビクッと震えた。
リオ!? アーチボルト!?
あの二人もセレニスに来てたの!?
しかも……捕まったの!?
……まあ、どうでもいいわ。
今はベック刑事にお近づきになるのが最優先……!!
――でもこれは捜査。決して恋ではないわ……!
どれほどの時間しゃがんでいただろう。
刑事課にはざわめきが広がり、ついにベックが再び姿を現した。
すっくと立ち上がるナディア。
何事もなかったかのように、完璧なモデルウォーキングでベックとすれ違う。
一瞬、空気が変わった。
「ウォーカー所長じゃありませんか!」
ベックが目を見開く。
「何かご用ですか?」
ニッコニコのキュービー笑顔。
筋肉が光る、まぶしすぎる善良オーラ。
――いやーん! 完璧ッ!!
しかもこの巨大が筋肉ってところが最高!!
ホラーが現実を打ち破ってるぅぅぅ!!
だがその感情は、表情に一切出さない。
ナディアは知的な微笑を崩さず、声を落とした。
「実は……くだらないお話なんですけど。
ホテルの食事が口に合わなくて……。
仕事のパフォーマンスが落ちてしまいそうなんですの」
「なっ……なんと!! それは一大事じゃないですか!!」
ベックが真顔で身を乗り出す。
「もしよければ、私がレストランをご紹介しますよ!」
ナディアはわずかにまつ毛を伏せ、完璧な微笑で答えた。
「まあ……ベックさんってお優しいのね」
その瞳が、理性を装いながらも、明らかに光っていた。
――それは、知性のきらめきではなく、狩人の閃きだった。
「ほら! どうだ! 最高級のヴィラだぞー!!」
ルチアーノがテンション高く部屋の中を飛び跳ねていた。
ルシアンは窓際で腕を組み、静かに言う。
「それで? アンジュさまに挨拶をしても良いのか?」
ルチアーノは慌ただしく紙の束を捲りながら答えた。
「……いや! ロクシー先生の脚本によれば、恋には“偶然”が必須だ!
挨拶なんて無粋でNGだ!!」
「礼儀では?」
ルシアンの正論に、ルチアーノは顔を真っ赤にして言い返す。
「恋に礼儀なんていらないのっ!!
ロクシー先生とは打ち合わせ済みだ!
お前はインフィニティプールで優雅に泳げ!
そうしたらアンジュちゃんは自然と水音に気づくだろ!?」
ルシアンは少し考え、うなずいた。
「……理にかなっているな」
「そうだろ!? さあ、俺様が用意した水着に着替えて泳ぐのだーーー!!」
ザブッ、ザブッ、ザブッ……。
煌めく夜空を切り裂くような、激しすぎる水音。
ヴィラで豪華な食事を満喫していたアンジュが、ふと、窓の外を見つめた。
ロクシーがシュリンプカクテルをつまみながら訊く。
「どうかした?」
「ロクシー……あの水音は何だ?」
「プールで誰か泳いでるんじゃない?
星空の下で泳ぐのって最高だし!」
「しかし……尋常ではない水音だな。少し見て来てもいいか?」
「うん! ごゆっくり!」
アンジュが部屋を出て行くと同時に、ロクシーは鬼の形相でスマホを取り出し、
ルチアーノにメッセージを送った。
『優雅に泳げって言っただろーが!!』と。
アンジュがバルコニーに出ると、
その水音は“激しい”どころではなかった。
そっと隣のヴィラを覗いてみると――
そこには、完璧すぎるフォームでバタフライを全力で泳ぐルシアンの姿があった。
肩甲骨からダイナミックに腕を動かし、
指先――特に中指を意識して入水。
手首を少し曲げ、水を効率的に捉え、
斜め後ろへと押し出していく。
手を回す間に二回キック。
腰を連動させてうねりを作り、
リズムよく呼吸を整える。
全てが、科学的に完璧な動きだった。
だが問題は――その格好だ。
ショッキングピンク地に真っ赤なハートが散りばめられた、ブーメランパンツ型スイムウェア。
夜空の星すら動揺して瞬きを忘れた。
アンジュは思わず声にならない息を呑む。
――ルシアン!?
いや、ルシアンが来るのは構わない……が。
なぜお前はオリンピック選手の如く、
このバカンスにピッタリのインフィニティプールで、
命を懸けて泳いでいるのだ……!?
一方その頃。
兄貴とクリスマスの記念撮影をするため、
最高級の望遠カメラを新調したリオ・レヴァンは、
NASA監修の光学レンズを構え、ルチアーノのヴィラを激写していた。
――奇跡……!
これはスポーツの奇跡の瞬間だ……!
あの超イケオジが、完璧なバタフライを……!!
「やめんかリオ!!!」
アーチボルトが耳を引っ張るが、リオは止まらない。
「アーチー!見てよこの筋肉の波!
体幹の使い方が完璧だ! 論文書けるレベルだよ!!」
「バカタレ!! お前はどこの諜報部員じゃ!!
人様を勝手に撮るんじゃない!!
また留置所行きだぞ!!」
「うわっ、やめてアーチー! この瞬間を逃したら二度と――!!」
――カシャッ、カシャッ、カシャッ。
夜空にシャッター音が連続で響き渡る。
そしてリオの背後で、アーチボルトの怒鳴り声が再び轟く。
「リオ・レヴァン!! この馬鹿者ォォォ!!!」
ルチアーノは、ヴィラのカーテンの陰から親指を立てていた。
「完璧だルシアン!! アンジュちゃんはもうお前に夢中だ!!」
その瞬間、ロクシーの返信が飛ぶ。
『ルシアンを早くプールから引き戻せ!
脚本第2弾を遂行せよ!』
――セレニスの星空の下。
天使と悪魔と人間が、それぞれ別の意味で熱を上げていた。
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