【17】聖夜を待たず、恋は終わりを告げる。〜告白なき抱擁と、ロクシーと悪魔の涙〜
クリスマス一色に染まったリオとアーチボルトのヴィラ。
巨大なツリーは午後の柔らかな光と爽やかなそよ風を受け、
今夜の聖なる夜を静かに待っていた。
だが――そのメインリビングでは。
「大天使ミカエルが来た!? 戦闘に行く!?
能天使の命令とか……マジで詰んでるじゃん! ビール!」
「ハイッ!」
ルチアーノが冷蔵庫へダッシュし、
勢いよく取り出した瓶ビールをロクシーの前に差し出す。
それは、カナダのフライング・モンキーズ社が誇る――
『アルファ・フォニケーション(IBU値2500)』。
世界一苦いと言われる、伝説のビールだった。
ロクシーはラベルを一瞥すると、
ためらうことなく瓶を掲げ、クビッとあおる。
「ぷはっ……! 苦っっ!! でも最高!!」
彼女が喉を鳴らすたびに、
その場の空気がまるで戦場前夜のようにピリついていく。
そんな中、おずおずと声を上げたのはリオだった。
「えっと……アンジュちゃんは、どうしてるのかな……? なーんて……!」
ロクシーがギロッとリオを睨む。
「アンジュちゃんは“昼食後のお昼寝中”!
だから私があんたのヴィラにいるの! 分からない!?」
「ハイッ!」
リオは勢いよく返事をすると、
そのままそそくさとインフィニティプールへと逃げて行った。
ロクシーは深くため息をつくと、
瓶の残りを一気に飲み干して、テーブルにドンと置いた。
「……もう、こうなったら仕方ない!
おやつの時間に合わせる!!」
「お、おやつ……!!」
ルチアーノの喉がゴクリと鳴った。
その音が、まるで作戦開始の号砲のように響いた。
――セレニス・ベイ、聖なる午後。
ロクシー先生の“おやつ作戦”が、今、幕を開ける。
アンジュはお昼寝から目を覚ますと、
インフィニティプールでひと泳ぎし、シャワーを浴びた。
金色の髪が陽の光を受けてきらめく。
ドライヤーの風にそよぐその髪を整えていると、
部屋の扉がノックされ、ロクシーが顔を覗かせた。
「アンジュちゃん!
今夜のパーティーに備えて、ドレスを着て髪も結ってみない?
全体のバランスを見ておきたいの!」
アンジュが嬉しそうに笑う。
「ロクシーは流石だな! 常に用心深い! 賢明だ!
よし、“ドレスアップ”というのをしてみよう!」
ロクシーがほっと息を吐き、
メイクアップのプロを部屋に招き入れる。
数十分後――。
髪を結い上げ、真紅のシフォンのドレスを纏ったアンジュは、
まるで光そのもののように美しかった。
アクセサリーなど一切つけていないのに、
その存在自体が宝石のように輝いている。
ロクシーも、あまりの美貌に息を呑んだ。
そっと指をさす。
アンジュがその方向に視線をやると――
プールサイドのテーブルに、
正式なアフタヌーンティーが完璧に整えられていた。
アンジュがにっこりと笑う。
「美味しそうではないか! あれは今日のおやつか?
ロクシー、一緒に食べよう!」
その無垢な笑顔を見ていると――
なぜかロクシーは泣きそうになった。
胸の奥が温かく、痛いほどに締めつけられる。
「……うん、そうね。
でも私もドレスの支度をしてくるから、アンジュちゃんはお先にどうぞ!」
「そうか! ロクシーのドレス姿も楽しみだ!」
アンジュは無邪気にそう言って、
プールサイドへと歩いていった。
午後三時。
柔らかな陽光が水面に反射し、
アフタヌーンティーの銀食器がきらめく。
アンジュがサンドイッチを頬張りながら、紅茶を啜っていると――
背後から静かな声がした。
「アンジュさま。」
アンジュが振り向く。
そこには、純白のタキシードに身を包んだルシアンが立っていた。
青の瞳が大きく見開かれる。
「ルシアン! 素晴らしいぞ!
大天使に相応しい正装だ!」
ルシアンは無言で一礼すると、
ベルベットの小箱を二つ、テーブルに置いた。
そして静かに言った。
「失礼いたします。」
彼はアンジュの耳元に手を伸ばし、
ブルーダイヤモンドで縁取られた真珠のイヤリングをそっとつけた。
続けて、対になった真珠と十字架のネックレスを首にかける。
光が揺れ、アンジュの頬が淡く染まった。
「素晴らしく美しいな……!
ルシアン、これは何だ!?」
「私からの、クリスマスプレゼントでございます。」
「なんと!」
アンジュは驚いたあと、
嬉しそうににっこりと笑った。
「私からもお前にプレゼントがあるのだ!」
そう言って、小走りで部屋へと戻る。
やがて息を切らせて戻ってきたアンジュの手にも、
小さなベルベットの箱があった。
アンジュは白く細い指で、その蓋をゆっくりと開ける。
「私もジュエリーショップで、お前にクリスマスプレゼントを買っておいたのだ!」
それは――プラチナのロザリオ。
アンジュはそっと背伸びをして、
ルシアンの首にそれをかけてやる。
そして真正面からルシアンを見つめ、
美しい微笑を浮かべた。
「ルシアン、似合っておるぞ。
メリー・クリスマス!」
ルシアンの胸の奥で、
何かが静かに弾けた。
彼はそっと腕を伸ばし、
アンジュを抱き寄せる。
アンジュのイヤリングとネックレスが、
淡い光を弾いて揺れた。
「アンジュさま……どうかこれからもお幸せに。
私は――聖なる務めに参ります。」
「……ルシアン?」
アンジュがその名を呼び終えるよりも早く――
ルシアンの姿は、光と共に消え去った。
残されたのは、
真珠のように揺れる水面の輝きだけだった。
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