【14】恋の布陣動く。〜聖夜前日、ロクシー先生の脚本を死守せよ!参謀は悪魔なり〜
深夜二時。
ようやくロクシーから解放されたルチアーノが、自分のヴィラへと戻ってきた。
玄関を開けた瞬間、視界に入ったのは――
ソファの上で、完璧な姿勢のまま座禅を組むルシアンだった。
「……」
ルチアーノはそっと視線を逸らし、気配を殺して自室へと向かおうとした。
だが、その背中に低く厳かな声が飛ぶ。
「ルチアーノ。相談したい。」
ルチアーノがピタリと足を止め、振り返る。
「……なんだよ、こんな時間に」
ルシアンは真っ直ぐに彼を見つめ、まるで裁きを告げる聖職者のように言った。
「私はどうやら、アンジュさまに特別な感情を抱いている。
だが、アンジュさまには絶対に伝わらないと分かった。
どうすれば良い?」
「はああああ!?!?」
ルチアーノが頭を抱え、両手で髪をぐしゃぐしゃにかきむしる。
「今っ!? 今それ言う!?
俺様とロクシー先生がどれだけ脚本練ってきたと思ってるんだよっ!!
だからさぁ! 俺様とロクシー先生の脚本どおりに動けばいいのッ!!」
ルシアンは一拍置いて、真面目に頷いた。
「理解した。理にかなっているな。では――どうしたらいい?」
ルチアーノがキッと目を見開き、ビシッと指を突きつける。
「もう、明日しかない!!
明日のクリスマス・イブを――アンジュちゃんと過ごすんだ!!」
朝七時。
リオとアーチボルトのヴィラ、メインリビング。
向かい合うロクシーとルチアーノの目の下には、くっきりとクマが刻まれていた。
――夜通しの策謀会議の証である。
ロクシーが深く息をつき、静かに口を開く。
「ルシアンが自覚してくれて、一歩前進……と言いたいところだけど。
猶予は、二十四時間もないわ。」
その声には、戦場前夜の将軍のような緊張感が漂っていた。
「私の布陣は整えてある。
そっちは?」
ルチアーノが背筋を伸ばし、真剣な表情で頷く。
「俺様も……完璧でございます……!
ルシアンは我々の手の内!
トンチキは致しませぬッ!」
ロクシーがタブレットを手に取り、指先で軽く画面をタップする。
「あんたのタブレットに送っておいた脚本。
確認は済んでるわね?」
「ロクシー先生の御心のままに……!
ルシアンは完璧に理解しておりますッ!」
ロクシーがにやりと笑い、椅子から立ち上がった。
「……よろしい。――では、午前の部、開始よ!」
その瞬間、二人の目がぎらりと光る。
セレニス・ベイに、恋の戦が幕を開けた。
日差しが降り注ぐカフェテリアのテラス席。
まるで小春日和のような暖かさの中、アンジュと三時間だけ仮眠を取ったロクシーが、のんびりとブランチを楽しんでいた。
街はすっかりクリスマス一色。
カップルたちの笑い声が行き交い、通りにはジンジャークッキーからホットワインの香りが漂っている。
アンジュはローストビーフサンドイッチに豪快にかじりつき、
その美味しさに青い瞳を輝かせていた。
――そんなとき。
「おっ! アンジュちゃん! すごい偶然だな!」
朗らかな声と共に現れたのは、ルチアーノ。
アンジュはパンを飲み込み、「おう! おはよう!」と満面の笑みを返す。
「んー……満席だなぁ……」
わざとらしく辺りを見回すルチアーノの背後には、静かに佇むルシアンの姿があった。
アンジュがにっこりと笑う。
「一緒に食べれば良いではないか! なあ、ロクシー!」
ロクシーも軽くウインクを返す。
「そうね! 大勢で食事するのは楽しいし!」
そうして、アンジュの隣に――ルシアンが座った。
彼のヘイゼルグリーンの瞳が、穏やかな光を帯びて揺れる。
食事を終えたロクシーとアンジュが席を立ち、
二人の背中が人混みに消えるやいなや――
ルチアーノは即座にタブレットを取り出した。
「……よし! “アンジュちゃんにナプキンを手渡し、先回りしてデザートをオーダー”……カフェの脚本、完璧だ♪」
ルシアンが少し首を傾げる。
「たったそれだけで良いのか?」
ルチアーノが目を剥き、椅子をガタリと鳴らした。
「良いんだよ!! まずは普通に“紳士”なところを見せるのッ!
恋は段階を踏むもの! お前は大人の男として階段を登るのだ!!」
ルシアンは真剣に頷いた。
「理解した。理にかなっているな。では、どうすれば?」
「もう、今日しかない! 午前の部はカフェ、午後はブティックだ!
さあ、移動するぞーーー!!」
ルチアーノの号令と共に、二人はフェラーリに乗り込んだ。
次なる舞台――
クリスマス・イブ前日のハイブランドブティック。
「イブだから正装しなきゃね!」
ロクシーが鏡越しにウインクを飛ばすと、アンジュがパッと笑顔になる。
「流石ロクシーだな!
神の誕生日の前夜祭に正装するのは、正しい選択だ!」
「じゃあ、私がピッタリのドレスを選ぶから、アンジュちゃんは試着してみて?」
「いいぞ! お互いに正装を選ぼうではないか!」
ロクシーが店員に目配せをすると、
アンジュはワクワクしながら試着室へ入っていった。
そして――数分後。
試着室のカーテンが開く。
そこに現れたアンジュの姿に、思わず空気が止まった。
赤いオーガンジーを幾重にも重ねたドレスが、
彼女の金の髪と青い瞳をより一層際立たせる。
そのとき、なぜかルシアンがいた。
「ルシアン? お前もドレスを着るのか?」
物陰から様子を見ていたルチアーノとロクシーが、プッと吹き出す。
しかし、ルシアンは至極真面目に答えた。
「いいえ。アンジュさまのドレス姿を拝見したく、参りました。」
アンジュがにっこりと微笑む。
「おお! お前も正装選びの協力をしてくれるのだな! 嬉しいぞ! どうだ?」
その瞬間――ルシアンの瞳がほんのりと揺らめいた。
「……とてもお似合いです。」
その声には、わずかに熱がこもっていた。
アンジュがブルーの瞳を見開く。
ルシアンの表情が、いつもよりも柔らかく見えたからだ。
「……では次の正装を着よう。ルシアンよ、選んでくれるか?」
「もちろんです。」
そう言うと、ルシアンは静かに――その場で跪いた。
オーガンジーの裾を風が揺らし、
天使と執事のような二人の姿が、ブティックの光に包まれていた。
──午前の部、進行度100%。
ルチアーノとロクシーの恋愛演出作戦は、順調に進んでいる……今のところは。
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