【13】恋人未満のフラグ立つ!〜悪魔は見た、飯テロする大天使〜
アンジュは、リオに抱きしめられながら、しみじみと思っていた。
――このリオという人間……!! 胸板が厚いな!
これは、かのミケランジェロのダビデ像に匹敵するぞ!
素晴らしい肉体のバランスだ!
だけど……いつまでこうしているのだ?
お腹いっぱいだし……こやつの肉体は温かいし……眠たくなってきたぞ……。
そうしてアンジュがリオの腕の中でうとうとしかけた、そのとき。
突然、凄い勢いで腕を引っ張られた。
見ると、そこにはルシアンがいた。
珍しく無表情ではなく、何とも形容しがたい顔をしている。
そして、ルシアンは短く告げた。
「アンジュさま……ご容赦を!」
そう言うや否や、アンジュを軽々と抱き上げる。
リオを残し、スタスタとルチアーノのフェラーリへと歩いて行った。
「だあーーー!! もう! あと一歩じゃん!! ビール!」
ルチアーノが「ハイッ!」と返事し、冷蔵庫からロクシーの前にビールを置く。
それは――
『ウエストコーストブルーイング スーパー・スパイシー・スランバー・パーティー』。
世界一辛いビールである。
ロクシーはごくごくと飲み干し、ぷはっと息を吐いた。
「リオがアンジュちゃんを抱きしめた! それは良い! 恋のスパイスよ!
でも――ルシアンがアンジュちゃんを奪い返した! そこでアンジュちゃんがキュン❤️ってなるはずなのに……!
なんでアンジュちゃんは、あんたの車の後部座席で爆睡してるのよ!?」
「……分かりません! ルシアンが抱っこして俺様のフェラーリに戻ってきた時には、もう眠っておりましたッ……!!」
ドンッ――!
缶ビールがテーブルに叩きつけられ、正座していたルチアーノがピョンと跳ね上がる。
「だ・か・ら!!
あんたが気を利かせて、ルシアンに“アンジュちゃんを抱っこしたまま後部座席へ”とか、あるでしょ!?
そしたら目覚めたアンジュちゃんの目の前にはルシアンがいるのッ!!
アドリブだって必要なんだよ!!」
「……アドリブ……!!」
ルチアーノは真剣な顔でそそくさとネタ帳に書き込む。
その様子を見て、リオが苦笑した。
「あのさ……なんで俺のヴィラで打ち合わせしてるのかな……なーんて!」
ロクシーがギロッとリオを睨む。
「アンジュちゃんのいる部屋で脚本の打ち合わせなんて出来ないでしょ!?
ルシアンに聞かれたら、どの方向から“理にかなってる”って思われるか分からないし!
消去法でここしかないの!」
「そ……そうだよね! うん! 頑張って!」
リオはそそくさとメインリビングを退散した。
そして――残された二人の脚本会議は、恋と混沌の新たな幕を開けるのだった。
アンジュは、頬をなでるような爽やかな風を感じて目を覚ました。
ベッドサイドの時計に目をやると、針はまだ夜の九時を指している。
「……あ! そうか! 私はあの丘で眠ってしまったのだな!」
そう気づいた瞬間――
グーッ、と可愛らしいお腹の音が静かな部屋に響いた。
「夕食を食べていないなっ♪ ロクシーはどこだ?」
そのとき、窓辺から低く澄んだ声がした。
「アンジュさま」
アンジュがぱっと顔を上げる。
カーテンの隙間から差し込む月明かりの下、ルシアンが静かに立っていた。
「ルシアン? 何をしておる?」
「少し……お話をさせて頂きたく。」
その表情は、いつもの無機質な冷静さではなかった。
まるで、心の奥で何かを押し殺しているような、揺らぎを含んでいた。
アンジュは迷いなくベッドから飛び降り、ルシアンのもとへ駆け寄った。
「ルシアン! お前の気持ちは分かっているぞ!」
「………は?」
「お前も夕食がまだなのであろう! 一緒に夕食を食べようではないか!」
にっこりと、夜の星空のように無垢で輝く笑顔。
その笑顔を前に、ルシアンは何も言えなかった。
ただ静かに、短く頷いた。
――そして悟った。
この方に、どんな言葉を尽くしても“天使”としての返答しか返ってこないのだと。
セレニス・ベイ署――ベックのオフィス。
デスクの上には、ナディアが差し入れたランチボックスが並んでいた。
ベックはその中身を嬉しそうに頬張っている。
向かいに座るナディアの瞳は、ハートそのものだった。
――もう!! もぐもぐハロルド最高!!
ほっぺたってあんなに膨らむのね……!!
なのに食べ方は上品!
ああ、なんて素敵なの……!!
ベックがニカッと笑う。
「こんな豪華な差し入れ、嬉しいです!」
ナディアが柔らかく微笑む。
「いいえ。
私たちは早く上がれましたけど、ハロルドは残業だと聞いて。
当然ですわ」
「ナディア……! あなたは本当に優しくて、魅力的な方ですね!」
ナディアがふと視線を落とした。
長い睫毛が頬に影を作る。
「どうかしましたか?」
心配そうに身を乗り出すベックに、ナディアが小さく告げた。
「クリスマス……このままだと、セレニスで迎えることになりそうなの。
知り合いもいないのに……」
ベックがガタッと立ち上がる。
「そんなことはありません!!
私で良ければ……クリスマスを一緒に過ごしませんか!?」
ナディアが上目遣いでベックを見上げる。
「……でも、ご迷惑じゃ……?」
ベックが即答した。
「いいえ! 全く!」
ナディアの唇がふわりと微笑にほどける。
「まあ……ハロルド……嬉しいわ……!」
美しく咲いた笑顔。
そして、ナディアは思う。
――クリスマスに“仮装を提案する”ベストなタイミングを。
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