【12】恋は盲目、神は無言。〜ランボルギーニが走る時、理性は祈りに変わる〜
翌朝。
ベックはご機嫌で、S.A.G.E.本部・偽造紙幣捜査室に出勤した。
昨夜のナディアとのロマンチックな時間が何度も頭をよぎる。
美しいナディアから飛び出した鋭い映画批評――その知性と情熱のギャップが、ベックの心を掴んで離さなかった。
るんるん気分でオフィスに入ると、デスクに肘をついて何やら考え込んでいるイーサンの姿が目に入る。
その表情はいつもの冷静沈着とは違い、どこか疲れて見えた。
ベックは慌てて駆け寄る。
「イーサン! どうした!? 偽造紙幣の捜査で何か問題でも発生したのか!?」
イーサンは短く息をつき、低い声で答えた。
「……いや。特には」
そう言って立ち上がったイーサンの脳裏に――昨夜からの“惨状”がよぎる。
ノアが「完璧じゃない!」と言いながら、ツリーの飾り付けをすべてやり直していた。
朝にはクロフォード邸の前庭が“銀世界の要塞”と化し、
警護担当の隊員がツリーの罠に引っかかる被害、すでに三件。
極めつけは、お隣のメアリー夫人の一言。
「まぁ、今年は豪勢ですわね! クロフォードさん……クリスマス、お好きでしたのね?」
――その瞬間、イーサンの中で何かが静かに崩れ落ちた。
主任捜査分析官、イーサン・クロフォード。
今日も平常運転――ただし、精神的ダメージは深刻だった。
そして、リオとアーチボルトが滞在するヴィラのリビングでは――
何故かロクシーがホワイトボードの前に立っていた。
そこには大きく、こう書かれている。
『恋愛認識フラグ構築計画』
「アンジュちゃんに“ルシアンは特別”って気づかせなきゃダメなのよ!
でも本人たちが鈍感すぎる! だから――外的刺激を投入!」
ルチアーノが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「刺激ッ!? ロクシー先生……つまり……恋のライバル投入ですか!?」
ロクシーが満足げに頷く。
「正解。リオ! あんたしかいないわ!」
突然名前を呼ばれ、ソファから飛び上がるリオ。
「俺!? ていうかロクシーもルチアーノも、突然来たかと思ったら……何言い出すんだよ!?」
アーチボルトがため息をつきながら、眉をひそめる。
「リオ……逆らっても無駄じゃ。
ロクシー、アンジュとリオをドライブさせるとか、そういうとこじゃろう?」
ロクシーがパチンとウインクする。
「流石、アーチボルトね!
そう! あの無駄に派手な真紅のランボルギーニ・アヴェンタドールSVJの出番よ!」
リオは頭をかきながら苦笑した。
「ドライブねぇ……まあ、いいよ。アンジュさんが行きたいなら」
「やったーーー!! これぞラブ❤️」
ルチアーノが歓喜の声を上げ、薔薇の花びらとクラッカーを撒き散らした。
海岸沿いを、真紅のランボルギーニが滑るように走り抜けていく。
冬の海風を切り裂き、タイヤが濡れたアスファルトを軽やかに叩いた。
その助手席では、アンジュがご満悦だった。
「素晴らしいな、この車は! 美しい外見だけではなく、乗り心地も良い!
ロクシーに勧められるものは、全てが正しいな!」
「そう? 気に入ってくれて良かった」
リオが彫刻のように整った横顔で微笑む。
だが――その笑みの裏側では、冷や汗がつたっていた。
何故なら……ロクシーの脚本を十五分で丸暗記させられたからである。
アンジュの好み、行き先、話題の切り出し方――すべて台本どおり。
その台詞が脳裏でぐるぐる回っている。
そして、50メートル後方。
地球に八台しか存在しない、深緑のフェラーリがピタリとついて来ていた。
ルチアーノの愛車である。
運転席の隣にいるのは、もちろんルシアン。
「ルシアン! どうだ? 俺様の愛車は!?」
「乗り心地が良い」
「そうじゃなくて!! もっとあるだろ!? このボディラインとエンジン音に対する褒め言葉!」
「……なぜ、車に乗る必要があるのだ?」
その真顔に、ルチアーノが“待ってました”と言わんばかりの笑みを浮かべる。
「アンジュちゃんが心配なの! あの大学リーグのスター選手リオと二人きりでドライブだぞ!?
はい! お似合いッ!!」
ルシアンが冷静に答える。
「リオの性格はよく知っている。
女性に不埒な真似はしない」
「ルシアーン! 分かってないな〜! 恋は盲目!
恋をしても賢くいるなんて、不可能だってフランシス・ベーコン様も言ってるんだよ!」
「……そうか。」
ルシアンは短く答え、前方を走るランボルギーニを静かに見つめた。
そのヘイゼルグリーンの瞳が、冬の陽光を反射して微かに光る。
そして――
彼の胸の奥で、まだ名もなき感情が、ゆっくりと息づき始めていた。
リオは頑張った。
ロクシーの脚本どおりに――アンジュをクリスマス限定パンケーキの店へ誘い、
そのあとアンジュの好みそうなアクセサリーショップにも立ち寄った。
アンジュは大喜びで、
バニラアイスを乗せ、蜂蜜をたっぷりと垂らした三段重ねのパンケーキを頬張りながら、
フレッシュ苺のジュースを幸せそうに味わっている。
そして店を出ると、ガラス越しに見えたアクセサリーショップのショーウィンドウに目を輝かせた。
並べられた十字架や天使のモチーフに、アンジュは感動を隠せない。
「なんと……この街には、神の象徴が溢れているのだな!」
リオは優しく微笑みながら、そんなアンジュに相づちを打った。
話題がどれほど浮き世離れしていても、
彼は真摯に耳を傾け、誠実に応じる。
アンジュは終始笑顔で、
その神々しい美しさに、リオの理性は少しずつ融けていった。
――そして、ロクシーから厳命された“最終ポイント”へ。
二人を乗せたランボルギーニは、海の見える丘へとたどり着いた。
眼下には波が静かに寄せ、
あたり一面には、真冬に咲くスノードロップの白い花が風に揺れていた。
アンジュの瞳が潤む。
「これは……聖母マリアさまのお花ではないか……!
リオ! 礼を言うぞ!」
微笑みながら、白い頬を伝う真珠のような涙。
その光景に、リオの胸が熱くなる。
――なんて、綺麗なんだ。
その瞬間、リオの中で何かが弾けた。
脚本も、台詞も、すべて吹き飛んだ。
気づけば、彼はアンジュを力いっぱい抱きしめていた。
冬の潮風が頬を撫で、
二人の間に静かな鼓動だけが響いていた。
だが――
深緑のフェラーリの中では、修羅場が発生していた。
ルチアーノがスマホを握りしめ、半泣きで叫んでいる。
「メーデー! メーデー! ロクシー先生ッ!!
リオがアンジュちゃんを抱きしめておりますッ……!!!」
スマホの向こうから、地を這うような低音が響いた。
『……あんた、リオを焚き付けるようなことしたの?』
「め、滅相もございませんッ!!
俺様はただ……脚本を見守っていただけで……!!」
ロクシーの沈黙が、逆に恐ろしい。
フェラーリの車内温度が、一気に氷点下を下回った気がした。
そして、その瞬間――
隣に座っていたルシアンが、無言でドアを開ける。
「ル、ルシアン!? ま、待て!! どこへ!?」
ルシアンは答えない。
ただ、冷たい潮風が車内を抜け、
彼の背中が夕焼けに照らされる海辺の道へと消えていった。
残されたルチアーノは、スマホを抱えたまま震える。
「ロクシー先生……俺様、どうすれば……」
『――祈れ。』
ブツッ。通信は切れた。
フェラーリの中には、
低く唸るエンジン音と、ルチアーノのすすり泣きだけが残っていた――。
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