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【完結】大天使と最強捜査官のクリスマス戦線 〜セレニスに集う者たち、愛か使命か〜  作者: 久茉莉himari


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12/19

【12】恋は盲目、神は無言。〜ランボルギーニが走る時、理性は祈りに変わる〜

翌朝。


ベックはご機嫌で、S.A.G.E.本部・偽造紙幣捜査室に出勤した。


昨夜のナディアとのロマンチックな時間が何度も頭をよぎる。

美しいナディアから飛び出した鋭い映画批評――その知性と情熱のギャップが、ベックの心を掴んで離さなかった。


るんるん気分でオフィスに入ると、デスクに肘をついて何やら考え込んでいるイーサンの姿が目に入る。

その表情はいつもの冷静沈着とは違い、どこか疲れて見えた。


ベックは慌てて駆け寄る。

「イーサン! どうした!? 偽造紙幣の捜査で何か問題でも発生したのか!?」


イーサンは短く息をつき、低い声で答えた。

「……いや。特には」


そう言って立ち上がったイーサンの脳裏に――昨夜からの“惨状”がよぎる。


ノアが「完璧じゃない!」と言いながら、ツリーの飾り付けをすべてやり直していた。

朝にはクロフォード邸の前庭が“銀世界の要塞”と化し、

警護担当の隊員がツリーの罠に引っかかる被害、すでに三件。


極めつけは、お隣のメアリー夫人の一言。

「まぁ、今年は豪勢ですわね! クロフォードさん……クリスマス、お好きでしたのね?」


――その瞬間、イーサンの中で何かが静かに崩れ落ちた。


主任捜査分析官、イーサン・クロフォード。

今日も平常運転――ただし、精神的ダメージは深刻だった。





そして、リオとアーチボルトが滞在するヴィラのリビングでは――

何故かロクシーがホワイトボードの前に立っていた。

そこには大きく、こう書かれている。


『恋愛認識フラグ構築計画』


「アンジュちゃんに“ルシアンは特別”って気づかせなきゃダメなのよ!

でも本人たちが鈍感すぎる! だから――外的刺激を投入!」


ルチアーノが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「刺激ッ!? ロクシー先生……つまり……恋のライバル投入ですか!?」


ロクシーが満足げに頷く。

「正解。リオ! あんたしかいないわ!」


突然名前を呼ばれ、ソファから飛び上がるリオ。

「俺!? ていうかロクシーもルチアーノも、突然来たかと思ったら……何言い出すんだよ!?」


アーチボルトがため息をつきながら、眉をひそめる。

「リオ……逆らっても無駄じゃ。

ロクシー、アンジュとリオをドライブさせるとか、そういうとこじゃろう?」


ロクシーがパチンとウインクする。

「流石、アーチボルトね!

そう! あの無駄に派手な真紅のランボルギーニ・アヴェンタドールSVJの出番よ!」


リオは頭をかきながら苦笑した。

「ドライブねぇ……まあ、いいよ。アンジュさんが行きたいなら」


「やったーーー!! これぞラブ❤️」

ルチアーノが歓喜の声を上げ、薔薇の花びらとクラッカーを撒き散らした。





海岸沿いを、真紅のランボルギーニが滑るように走り抜けていく。

冬の海風を切り裂き、タイヤが濡れたアスファルトを軽やかに叩いた。


その助手席では、アンジュがご満悦だった。


「素晴らしいな、この車は! 美しい外見だけではなく、乗り心地も良い!

ロクシーに勧められるものは、全てが正しいな!」


「そう? 気に入ってくれて良かった」


リオが彫刻のように整った横顔で微笑む。

だが――その笑みの裏側では、冷や汗がつたっていた。


何故なら……ロクシーの脚本を十五分で丸暗記させられたからである。

アンジュの好み、行き先、話題の切り出し方――すべて台本どおり。

その台詞が脳裏でぐるぐる回っている。


そして、50メートル後方。

地球に八台しか存在しない、深緑のフェラーリがピタリとついて来ていた。

ルチアーノの愛車である。


運転席の隣にいるのは、もちろんルシアン。


「ルシアン! どうだ? 俺様の愛車は!?」


「乗り心地が良い」


「そうじゃなくて!! もっとあるだろ!? このボディラインとエンジン音に対する褒め言葉!」


「……なぜ、車に乗る必要があるのだ?」


その真顔に、ルチアーノが“待ってました”と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「アンジュちゃんが心配なの! あの大学リーグのスター選手リオと二人きりでドライブだぞ!?

はい! お似合いッ!!」


ルシアンが冷静に答える。


「リオの性格はよく知っている。

女性に不埒な真似はしない」


「ルシアーン! 分かってないな〜! 恋は盲目!

恋をしても賢くいるなんて、不可能だってフランシス・ベーコン様も言ってるんだよ!」


「……そうか。」


ルシアンは短く答え、前方を走るランボルギーニを静かに見つめた。

そのヘイゼルグリーンの瞳が、冬の陽光を反射して微かに光る。


そして――

彼の胸の奥で、まだ名もなき感情が、ゆっくりと息づき始めていた。





リオは頑張った。

ロクシーの脚本どおりに――アンジュをクリスマス限定パンケーキの店へ誘い、

そのあとアンジュの好みそうなアクセサリーショップにも立ち寄った。


アンジュは大喜びで、

バニラアイスを乗せ、蜂蜜をたっぷりと垂らした三段重ねのパンケーキを頬張りながら、

フレッシュ苺のジュースを幸せそうに味わっている。


そして店を出ると、ガラス越しに見えたアクセサリーショップのショーウィンドウに目を輝かせた。

並べられた十字架や天使のモチーフに、アンジュは感動を隠せない。


「なんと……この街には、神の象徴が溢れているのだな!」


リオは優しく微笑みながら、そんなアンジュに相づちを打った。

話題がどれほど浮き世離れしていても、

彼は真摯に耳を傾け、誠実に応じる。


アンジュは終始笑顔で、

その神々しい美しさに、リオの理性は少しずつ融けていった。


――そして、ロクシーから厳命された“最終ポイント”へ。

二人を乗せたランボルギーニは、海の見える丘へとたどり着いた。


眼下には波が静かに寄せ、

あたり一面には、真冬に咲くスノードロップの白い花が風に揺れていた。


アンジュの瞳が潤む。


「これは……聖母マリアさまのお花ではないか……!

リオ! 礼を言うぞ!」


微笑みながら、白い頬を伝う真珠のような涙。

その光景に、リオの胸が熱くなる。


――なんて、綺麗なんだ。


その瞬間、リオの中で何かが弾けた。

脚本も、台詞も、すべて吹き飛んだ。


気づけば、彼はアンジュを力いっぱい抱きしめていた。


冬の潮風が頬を撫で、

二人の間に静かな鼓動だけが響いていた。





だが――

深緑のフェラーリの中では、修羅場が発生していた。


ルチアーノがスマホを握りしめ、半泣きで叫んでいる。


「メーデー! メーデー! ロクシー先生ッ!!

リオがアンジュちゃんを抱きしめておりますッ……!!!」


スマホの向こうから、地を這うような低音が響いた。


『……あんた、リオを焚き付けるようなことしたの?』


「め、滅相もございませんッ!!

俺様はただ……脚本を見守っていただけで……!!」


ロクシーの沈黙が、逆に恐ろしい。

フェラーリの車内温度が、一気に氷点下を下回った気がした。


そして、その瞬間――

隣に座っていたルシアンが、無言でドアを開ける。


「ル、ルシアン!? ま、待て!! どこへ!?」


ルシアンは答えない。

ただ、冷たい潮風が車内を抜け、

彼の背中が夕焼けに照らされる海辺の道へと消えていった。


残されたルチアーノは、スマホを抱えたまま震える。


「ロクシー先生……俺様、どうすれば……」


『――祈れ。』


ブツッ。通信は切れた。


フェラーリの中には、

低く唸るエンジン音と、ルチアーノのすすり泣きだけが残っていた――。

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