【11】理性は凍り、恋は解ける。〜純白のマフラー、ホットワインとホラーの夜〜
「……アンジュさま」
密やかな声に、アンジュが振り返った。
ふわふわの純白のケープが、冬の風を受けてやわらかく揺れる。
「おう! ルシアンではないか! お前も買い物か?」
「……ええ。
自分の感性でクリスマスの飾りを選ぼうと」
「それは良い心がけだ!」
アンジュがにっこりと笑う。
「それと、朝食をありがとう! 美味かったぞ!」
その瞬間――ふわりと粉雪が舞い落ちた。
真冬の青空のように澄み切ったアンジュのブルーの瞳が、きらりと輝く。
「ルシアン! 雪だ!
雪が降るのを見るのは、何百年ぶりだろう……! 神に感謝を!」
「――そうですね」
ルシアンは静かに答えると、そっと自分のマフラーを外し、アンジュの首に巻きつけた。
その仕草は、慎ましくもどこか神聖だった。
「ルシアン? 何をしておる?」
「あなた様は、今は人間の身。
風邪を引いてはなりません」
アンジュは一瞬目を丸くすると、微笑みを浮かべてケープを脱ぎ、背伸びをしてルシアンの肩に掛けた。
「これでおあいこだな! お前も風邪を引くな!」
「……はい」
――アンジュは知らない。
そのたった一言に、ルシアンのすべての想いが込められていることを。
集音マイクとビデオカメラを屋外テーブルに置き、
エッグノッグをグビグビと煽るルチアーノとロクシー。
「……はぁ……やられたわ……!」
ロクシーがため息まじりに呟く。
「まさかルシアンがあんなにロマンチックなことをするなんて……!!」
ルチアーノも目頭を押さえながら頷いた。
「ですよね……!! ロクシー先生!!
脚本では“甘いカフェオレを渡して、二人で雪景色を見る”だけの予定だったのに……!!
それに俺様の天気予報、完璧的中ッ!! ラブ❤️」
ロクシーは肩をすくめ、グラスをくるくる回す。
「……悔しいけど、あんたの天気予報のお陰ね……! だけどなぁ……」
「だけど、とは!?」
ルチアーノがピシッと背筋を伸ばす。
ロクシーが真剣な眼差しで、彼を見据えた。
「クリスマス・イブは明後日よ。
しかも――アンジュちゃんは完全に“無意識”じゃない?
恋とか全然考えてないの。
このまま二人きりにしても……これ以上、進展するかなあ?」
「ロクシー先生!!」
ルチアーノが立ち上がり、拳を握りしめた。
「そこです!! ロクシー先生の腕の見せどころ!!
どうかルシアンの初恋を……クリスマス・イブに成就させてくださいッ!!」
ロクシーがゆっくりと立ち上がり、夜空を見上げてニヤリと笑った。
「――任せなさい!」
テーブルの上の雪が、ふわりと舞い上がる。
セレニスに、再び“恋の演出家”が動き出す――。
ホットワインを手に、粉雪を眺めるナディアとベック。
イルミネーションの光が、ワイングラスの縁で小さく瞬く。
ベックが申し訳なさそうに言った。
「ウォーカー所長、もう少し早い時間に待ち合わせをすべきでしたね。
粉雪といえども、足元が滑りやすいですから」
――や・さ・し・い!!
私の馬鹿! なぜ長靴で来なかったの!?
ナディアは心の中で自分を叱りつけた。
「でも……クリスマスを感じられて、気分転換できましたわ」
「そうですか!」
ベックの笑顔が、イルミネーションよりも明るく光る。
「実は私も偽造紙幣の捜査で神経をすり減らしておりまして……。
警察側の代表として一人で参加しているので。
それで……お恥ずかしい話なんですが、昨夜はホラー映画を観て夜明かししてしまったんです」
ナディアの瞳がナイフのように鋭く光る。
「そんな夜もありますわ。……それで、どんな映画を?」
「ウォーカー所長はご存知ないかな〜。
“死霊館シリーズ”なんです」
――持ってる!!
特製アナベル人形を寝室に飾ってる!!
ナディアは叫びを、ワインと一緒にごくんと飲み込んだ。
「私も観たことがありますわ。
ベックさんの感想をお聞きしても?」
「ええ!」
ニコニコ顔で巨体を揺らしながら、ベックは熱く語り出す。
「まず、あのアナベル人形を集めている妊婦さんですが……明らかに他の二つの人形が小さくありませんか?
そこはサイズを揃えるべきかな〜と!」
――分かるーーー!!
アナベルの主張が激しすぎる問題!!
「それからアナベル人形が閉じ込められているガラスケースですが……。
あれ、何製なんですかね?
封印の意図は分かりますが、悪霊を閉じ込めるなら鉄のほうが良い気がして……」
――それな!!
しかも鍵が一個しかないのよ!!
娘が簡単に開けちゃうのよ……ッ!!
ナディアがそっとグラスを傾け、美しく微笑んだ。
「ベック刑事……とても興味深いお話をありがとうございます。
それで……ファーストネームでお呼びしてもよろしいかしら?
どうか私も“ナディア”とお呼びください」
ベックがボボボッと顔を真っ赤に染めた。
「は、はいっ! もちろんです! ナ、ナディア……!」
ナディアが柔らかく微笑む。
「ええ、ハロルド……。
それで、“死霊館”の感想……続きを聞かせてくださる?」
粉雪の舞う夜。
ホットワインと共に、ホラー映画の考察が二人を静かに包み込んでいった――。
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