第6話 はじまりの朝と、ダンジョンデビュー
次回からは週1更新の予定です。少しゆっくりにはなりますが、よろしくお願いします!
朝のギルドは、いつもより少しだけ静かだった。
昨日の事件の余韻が、まだどこかに残っている。
空気には微かな緊張が漂っていた。
リオは妹ミナの看病のため、昨夜はすぐ家へ戻っていたが――
今朝は夜明けとともに、再びギルドに顔を出していた。
ひんやりとした早朝の空気が、眠気を一気に吹き飛ばしてくれる。
「おはようございます、リオさん」
カウンター越しに、エミリアが穏やかな笑みを浮かべた。
その声を聞くだけで、リオの胸の奥がほんの少し落ち着く。
「昨日の件の解決金です。
わずかですが、ミナさんの治療費に充ててください」
リオは差し出された封筒を見て、はっとした。
「ありがとうございます……
でも、“蒼痕症”の症状がどんどん進んでしまっていて……どうしたらいいのか……」
封筒を両手で受け取りながら、自然と視線が落ちる。
言葉にするだけで、胸が締めつけられるようだった。
「確かに、“蒼痕症”は薬も治療も高額ですから……」
エミリアも少し眉を寄せ、リオの不安を受け止めるように静かに言った。
「大丈夫です、リオさん。
少しずつでいいんです。必ず、道は開けますから」
その言葉は、暗闇の中に差し込む一筋の光のようだった。
そのとき――背後から、あたたかく落ち着いた声が響く。
「よう、リオ」
振り向くと、そこにダリルが立っていた。
昨日の事件では渦中に立たされたベテラン冒険者。
今は、以前の穏やかな眼差しに戻っている。
「……妹さんが病気なんだってな。
具合はどうなんだ?」
「まだ熱が下がらなくて……
でも、僕がそばにいると少し落ち着くみたいです」
ダリルは少し目を細め、照れくさそうに頭をかいた。
「家族のために必死になれる奴は、放っておけねぇもんな……」
子どもを持つ彼にとって、リオの事情は他人事ではなかったのだろう。
「……そうだ、リオ」
ダリルは顔を上げ、少しだけ口元を緩めた。
「今度、日帰りの依頼に一緒に行かねぇか?
すぐ戻って看病もできるし、少しでも金を稼ぎたいんだろう?」
「えっ……本当にいいんですか?」
「もちろんだ」
力強く頷くダリルの声は、まさしく頼れる先輩そのものだった。
「お前となら、トラブルが起きてもすぐに片付く気がするしな。
俺の剣と、お前の“やけに当たる勘”を合わせりゃ、無敵だろ?」
その冗談に、エミリアが思わず笑みをこぼす。
「ダリルさん、リオさんの“やけに当たる勘”は、そのうちギルドの名物になりそうですね」
リオは頬を赤らめ、少しだけ胸を張った。
そのとき、奥の部屋からバルドが姿をあらわす。
一瞬で空気がぴんと張り詰めた。
「お前ら、朝から騒がしいぞ。……それより、リオ」
鋭い視線が真っ直ぐにリオを射抜く。
「今日からお前はFランク昇格だ。おめでとう」
「えっ……! ぼ、僕がFランクに……!?」
リオは思わず封筒を落としそうになる。
胸の鼓動が一気に早まった。
「本当に……?」
バルドはにやりと口角を上げる。
「規定通りだ。Fランクに上がったばかりの冒険者は、Cランク以上の先輩と一緒に初めてのダンジョンに挑む。
地下二階まで潜り、先輩から“合格”をもらえれば単独探索を許可する。……しっかり規定を守れよ」
「つまり俺が、リオの師匠ってわけだな」
ダリルは腕を組み、楽しそうに笑った。
胸の奥が熱くなる。
恐怖と期待が同時に押し寄せてくる。
「……はい! やってみます!」
声は少し震えていたが、その瞳は真っ直ぐだった。
「よし」
バルドは満足そうに頷く。
エミリアも、そっと見守るように微笑んだ。
ダリルは肩をすくめ、片目をつむる。
「覚悟しとけよ? 俺の指導は厳しいからな。
……でも、終わったらギルドで晩めし奢ってやるよ」
そのウインクに、リオは思わず笑顔になる。
「すごく楽しみです!」
こうして、リオの新しい一歩――
初めてのダンジョン挑戦が、静かに幕を開けた。