第31.1話 星辰儀式《前夜》 ― 星の誓い
――なぜ、《星辰儀式》の夜、
セシリアは“誰かを護る者”として立ち上がれたのか……
その答えは、儀式の直前に交わされた《星の誓い》にあった。
♢♦︎♢♦︎♢
アレクとの試合を終えた夜。
リオは王宮魔術師長リュシアナに呼び出された。
「リオ・クロフォード。……ついて来なさい」
彼女は、緊張感を帯びたひとことだけを告げ、無言のまま歩き出す。
通されたのは王宮の最奥。
その扉は、王族から許された者しか足を踏み入れることを許されぬ、閉ざされた聖域だった。
そこでリオが目にしたのは――
深い昏睡に沈む王女セシリアの姿だった。
「……セシリア王女……⁈」
静けさの中に、確かな緊迫が満ちている。
「この呪いは、精神に刻まれた深い怨念なの……人の手では届かないほどに」
リュシアナの言葉に、リオが目を見開く。
「あなたが持って来てくれた素材から作られた薬で、《肉体》の呪縛だけなら剥がせるわ。
だけど、この呪いは……《魂》を縛るものも含まれていたのよ!」
「……《魂》の呪縛?」
「精神世界で彼女が自我を失えば――帰ってこれない。
唯一の方法は――誰かがその場所に“共鳴”し、彼女の手を取り、正しい道へ導くこと……」
リュシアナは、わずかに目を伏せ、静かに言い切った。
「あなたの未来を読む力……《未来鑑定スキル》。
その力こそが、それを可能にするのよ」
思いがけない言葉に、リオは息を呑む。
(僕のダメ鑑定スキルが……未来を読むスキル……だって⁈)
「あなたは気付いていなかったようだけど、その力の本質は《未来鑑定スキル》――“迫る運命の分岐を読み、最善を選び取る力”。
ギルドの受付嬢エミリアも、ギルド長バルドも……あなたを護るために、ずっと伏せてきたの。
でも、もう隠す必要はないでしょう」
重い真実を受け止めながら、リオは静かに眠るセシリアへと視線を落とす。
その細い指先に、自分の手を重ねた感触が、やけに現実味を帯びていた。
(自分のこの手に、王国の未来がかかっている……)
胸の奥に芽生えたのは、恐れではない。
守りたいという、確かな意志だった。
「……やります。
僕が行きます!!」
震えを押し殺したその声に、リュシアナはゆっくりと頷いた。
リオはセシリアの痩せ細った手を取り、そっと自分の手を重ねた。
それを見届けたリュシアナが薬を口に含ませた瞬間――リオの視界が暗転する。
♢♦︎♢♦︎♢
精神の闇――
殺戮を繰り返し、奪い合い、憎しみを増幅させる、重く黒い漆黒の世界。
言葉すら届かず、理では抗えぬ現実のような悪夢。
(これが、呪い……⁈)
リオは思わず息を呑む。
すると、どこからともなく響く声――甘く、残酷に、選ばせようとする囁き。
『選べ。この苦しみから逃れる方法を。
少女を救い自分が犠牲になるか?
自分を守り少女を見捨てるか?』
その声に、心が軋み、今にも折れそうになる。
(……自分を信じるんだ!!)
砕けそうな心を、リオは必死に繋ぎ止める。
そして――己のスキルを、自らへと向けた。
《未来鑑定スキル》。
迫り来る破滅の未来が、幾重にも視界を埋め尽くす。
少女が消える未来。
自分が崩れ落ちる未来。
すべてを失う未来。
それでも――
その無数の絶望の先に、かすかに瞬く“たった一つの光”を、リオは見つけ出す。
「僕は――誰も犠牲になんてしない!!
セシリア王女とともに、みんなで光を掴む未来を選ぶ!!」
叫びは、祈りではない。
それは“選択”だった。
瞬間――
呪詛を貫く銀光が奔る。
闇を裂き、怨念を焼き払い、精神世界を覆っていた黒が音を立てて崩れていく。
胸の奥で震えていた“恐れ”が燃え上がる。
それはもう怯えではない。
“誰かの未来のために選ぶ”――
その覚悟が、初めて彼を強くした。
やがて、静寂が訪れる。
重く圧し掛かっていた闇は霧散し、世界は淡い光に包まれた。
そして――
「……リオ……ありがとう……
あなたのおかげで……私は……」
瞼を開いたセシリアの声は、震えながらも確かな温もりを帯びている。
それは、生を取り戻した者の声だった。
「……嬉しいんです。自分でも。
この鑑定スキルで、誰かの未来を守れるなんて……」
否定してきた力が、初めて“誇り”へと変わる。
その瞬間――
リオの中で、確かな何かが芽生えた。
「リオ、ありがとう。
セシリア殿下の命は――あなたが取り戻したのよ」
リュシアナは、静かに言い切る。
それは称賛ではない。
揺るぎない事実だった。
「だが、これはまだ序章にすぎない」
空気が、すっと張り詰める。
「次は――セシリア殿下。
あなた自身の《誓い》が試されます」
「誓い……ですか」
「今宵行われる《星辰儀式》は、呪いを定める儀ではない――“聖女スキル”を授かるための儀式です。
そして必要なのは――“強い意志”」
一拍。
「“護りたい”と、心から願える存在を胸に抱くこと。
自らの命と引き換えにしても守りたいと誓えるほどの想い――
それがなければ、儀式は応えません」
静まり返る秘室。
沈黙を破ったのは――セシリアだった。
「……います」
迷いのない声。
そして――
そっと、その手を強く握りしめる。
言葉はいらなかった。
――その夜、《星の誓い》は交わされた。
それは感謝でも、友情でもない。
“この人を護りたい”
ただ一つの、純粋な願い。
その想いが――
やがて光の結界となり、運命を変えることになった……




