第30.1話 騎士団長ガレスの告白 ――帝国の影、裏切り者の名
【金曜更新】
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「お疲れさんだったな、アレク」
闘技場の出口。
椅子のごとき巨躯を壁にあずけ、白銀の鎧をまとった男が待っていた。
王国騎士団長、ガレス・ロウフォード。
筋骨隆々のいかつい古強者だが、王国最強の剣士であり、誰よりもこの国の行く末を案じている男だ。
副団長のアレクは、流麗な動作で剣を収め、静かに頭を垂れた。
「団長……。お待たせいたしました」
「アレク。……なぜ手を抜いた?
おまえさんには、まだたっぷり余裕があったはずだ。あと数手もありゃ、勝負は決していただろうに」
ガレスの声は低く野太いが、その眼光には鋭い芯があった。
アレクは端正な顔立ちに優雅な微笑を浮かべ、視線を落とす。
「確かに、勝つこと自体は容易でした――ですが、彼の剣を見て悟ったのです」
一拍置き、確信に満ちた声で続ける。
「未熟ながらも、果てしなく伸びていく剣――あの少年こそ、《守誓者》にふさわしいと」
ガレスの目が、ごくわずかに細まった。
「……《守誓者》、か」
「ええ。《星辰儀式》には《守誓者》が必要だと聞き及んでいます。
王国を守る誓いを抱く者が立ち会わねば、儀式は不安定となり、最悪の場合、王女殿下の御命すら……」
ガレスは鼻から短く息を吐き、やがて不敵に口角を上げた。
「同感だ、アレク。あのガキは、きっとこの国の未来を大きく動かしやがる」
一瞬、言葉を切り――。
「……もっとも、王宮魔術師長の“リュシアナ”のキツネめが関わっているとなると、話は単純じゃねえがな」
皮肉めいた笑みを浮かべ、ガレスは声を潜めた。
一歩近づき、密やかな地声で告げる。
「……アレク。未来を語る前に、今この国が抱えている“現実の危機”から目を逸らすわけにはいかねえ」
「危機、ですか……?」
「ある“極めて重要なモノ”が――帝国の手に渡った」
アレクの整った眉が、ぴくりと動く。
「……それは?」
「王都を守る防衛システム――《王都守護結界》を機能させる“カギ”だ」
「……っ!?」
「実はこの結界にゃ、対になる二つの“カギ”が存在する。それが揃って初めて、結界は完全に起動する仕組みだ――だが先日、その片方が奪われちまった」
「まさか……その影響が、王女殿下への呪いに……」
アレクは戦慄し、言葉を失う。
脳裏に浮かぶ――王女を蝕む忌まわしき“呪い”。
ガレスは、重々しくうなずいた。
「……つまり今の王都は、防衛が著しく弱体化している、ということですか?」
「完全じゃねえにせよ、守備力は大きく損なわれてる」
さらにガレスは、鋼のように低い声で続けた。
「……いいか。実は、《星辰儀式》は本来――王女が十四の誕生日に執り行う、“覚醒”の儀式なんだよ」
アレクは目を細める。
「覚醒……まさか、王家に受け継がれる力を……」
「そうだ」
ガレスの眼光が鋭く光る。
「《王都守護結界》の二つのカギ――そのもう一つは、王家に受け継がれる《聖女》の力だ」
アレクは美しくも険しい表情で、唇を結んだ。
「ゆえに帝国は恐れている。もしセシリア王女殿下が聖女の力を得れば、この王国は再び“聖光の守護”を取り戻す」
「……まさか、そのために――」
ガレスは低く、言葉を継いだ。
「奴らは、儀式が行われる前に――《王都守護結界》の“カギ”を盗み、さらには《聖女》の力を宿す王女殿下を、毒殺や呪術によって葬ろうと画策したのさ」
次第に、ガレスの声に怒りが滲む。
「そして――結界のカギの一つは、すでに奪われた。今のまま儀式が強行され、もしその最中に王女殿下が命を落とせば……」
一拍、重苦しい沈黙。
「王国そのものが、瓦解しかねん!」
アレクは拳を強く握りしめ、言葉を絞り出す。
「……つまり、王女殿下を守る戦いは――そのまま、王国の未来を守る戦いということですね」
ガレスは深く頷いた。
「その通りだ、アレク。だからこそ、俺たちは――帝国の陰謀を、ここで断たねばならん」
ガレスは遠く――王族席へと視線を向けた。
「王女を狙う暗殺の刃は、いつ、どこからでも突き立てられる……儀式の刻が迫るほどにな」
ガレスはさらに声を潜めて、続ける。
「《王都守護結界》に二つのカギが必要だと知る者は、ほんの一握り。王宮内ですら、実情を把握している奴は限られてる……。それにもかかわらず、カギが奪われたということは――」
アレクの表情が、はっきりと強張った。
「……まさか。この計画に、内部の裏切り者が?」
ガレスの視線が鋭く動き――王子の脇に控える、一人の男を射抜いた。
「おそらくは――あそこにいる、タグナート・グランツ宰相だ」
アレクもまた、その男へと冷ややかな視線を向ける――アルフォンス王子の隣に座る、肥え太った体躯。その容貌に似合わぬ冷酷な瞳が、場を静かに観察していた。
「アルフォンス王子殿下を唆し、王国を我が物にしようと奴は画策してやがる――だが、奴がカギを帝国に流したっていう“決定的な証拠”は、まだ掴めていねえ」
静かに息を吐くガレス。
「王妃セリーヌ様が亡くなられてから、ちょうど一年……。あの方がご存命であれば、王都がここまで歪むことはなかっただろうによ」
一瞬だけ、ガレスの視線が王族席の奥――空席となった、王妃セリーヌの席へと向けられる。
そこに在るはずの慈愛に満ちた存在は、今はもうない。
「王妃様は、結界と儀式の本質を知る数少ないお方だった。王女殿下の異変にも、誰より早く気づいていたはずだ」
アレクの表情が、悲痛に曇る。
「……セリーヌ王妃という支えを失い、結界は弱体化し――その上で“カギ”まで奪われた。そこへ重なるように、“王女殿下への呪い”ですか……」
「もはや、偶然じゃ通らねえ」
ガレスの声は、鋼のように低く沈んでいた。
「王妃の死。結界の不調。そして、王女殿下の呪い。――すべてが、一本の線で繋がっていると考えるべきだ」
アレクは、静かに、だが力強く拳を握りしめた。
「……つまり、今なすべきは――この連鎖を、ここで断ち切ること」
「王女殿下を守り抜くことだ」
ガレスは、はっきりと言い切った。
「そして、“奪われたカギ”を取り戻す。それができなきゃ、この王国に未来はねえ」
その言葉を受け、アレクは深くうなずいた。
「王妃セリーヌ様が果たせなかったお役目を……今度は、私たちが引き継ぐということですね」
ガレスは、わずかに口角を上げる。
「そういうことだ。……安心しろ。すでに手は打ってある」
二人の視線が、同時に一点へと向けられる。
闘技場の中央。
歓声を浴びながら立つ少年――リオ・フェルディア。
王国の未来をその肩に背負う者。
暗き影に抗い、再び結界を満たすための、唯一の“誓いの剣”。
彼の存在こそ、この揺れる王国を照らす灯――。
そして、奪われた“希望”を取り戻す鍵となり得るか。




