第23話 沈黙を破る影
夜の帳が降りた王都の裏通り。
霧が地を這うように漂い、昼間の喧騒など幻のように掻き消えていた。
街灯の漏れ火すら届かない、古びた石畳の先――静かにたたずむ、一軒の教会。
その前で、リオたちは気配を消し、身を潜めていた。
「……うん、ここで間違いないです」
リオが小さくつぶやいた。
リオの《命運スキル》をもとに、ダリルが地下情報網を総動員して調査を行った結果――
やはり、この教会こそが異端教《深紅の使徒》と帝国が繋がる裏拠点であり、リズの母が監禁されているとされる場所だった。
「この中に……リズさんのお母さんが……」
ミナが不安そうに囁く。
その声に、仲間たちへと緊張が広がっていく。
リオは、胸の奥にふっと浮かんだ“何かよく当たる勘”のようなものを確かめるように、静かに口を開いた。
「正面からは入れません。礼拝堂の奥……祭壇の裏に隠し扉があると思います」
なぜそう思ったのか、自分でも説明はできない。
ただ、自然にその言葉が出てきただけだった。
だが、仲間たちは特に疑問を抱かず、当然の提案として受け取る。
リオはリズに目を向けた。
「リズさん。偵察、お願いできますか?」
わずかな緊張を帯びた声だった。
「うん。任せて」
リズは短く答え、夜の影へすっと溶けるように姿を消した。
気配も足音も残さずに。
――数分後、
リズは表情ひとつ変えずに戻ってきた。瞳が、地下へと続く裏階段の方向を示す。
「裏手の回廊に抜け道があったわ。地下へ繋がる階段を確認。
見張りは二人……今なら、誰にも気づかれずに潜入できる」
一同は頷き合い、礼拝堂へ静かに侵入する。
空気は異様に澄んでいて、石造りの天井に祈りの像が沈黙を守っていた。
祭壇の裏に、わずかな隙間。
リオが手を差し込み、古びたレリーフを押すと、小さな音を立てて隠し扉が開いた瞬間――通路の先にいた見張り二人のもとへ音もなくリズが駆ける。
「……おやすみ」
一人目の喉元に、手刀。
二人目の首筋に、深く刈り取るような一撃。
小さなうめき声すら許さず、二人はその場に崩れ落ちた。
「リズさん……すごい……」
ミナが小さくつぶやき、リオも静かにうなずく。
――ここに来る前のこと。
リズは、以前からギルド周辺に漂う複数の“敵意の気配”――
教団の監視人たちの視線を、はっきりと察知していた。
だが、その数は明らかに異常で、
対人察知に長けたリズであっても、一人でどうにかできる相手ではなかった。
そのため、ギルド長バルドとダリルが即座に動き、
潜んでいた教団工作員たちは、すべて拘束済みとなった。
だからこそ、いまリズは心おきなく気配を消し、静かに息を整えられている。
その時、後方で待機していたダリルが声をかけた。
「……そういえば、リズの母親の名前を聞いていなかったな。何て言うんだ?」
「……ミレイア。ミレイア・エルステッド」
その名を聞いた瞬間、ダリルの目が大きく見開かれる。
「エルステッドのミレイアって……“王国最強の影”か⁈」
リズはゆっくりと頷いた。
「そう。母さん、昔から“淑女の嗜みよ”って言いながら……気配の読み方とか、歩き方とか……全部教えてくれてた」
「……マジかよ⁈」
ミレイア・エルステッド――
かつて“王国最強の影”と呼ばれた、伝説の暗殺者。
幼いリズには、気配察知と遮断、完全無音の歩法まで叩き込んでいた。
さらに父、セオドリック・エルステッドは王宮魔術師。
影剣と《魂転写術》を完成寸前まで高めた、神話級の研究者だった。
――その二人の間に生まれたリズが、周囲から狙われるのも当然だった。
「――行きます。みんな、気をつけて」
リオは短く言い切り、先頭を切って隠し扉の奥へ続く地下階段を踏み出した。
階段を降りる途中――
リズの胸に、幼い頃の母の声がそっと蘇る。
『淑女の嗜みよ、リズ。影の歩き方も、気配の消し方も、全部ね』
――教えられた技が、今、母を救うための刃となる。




