第16話 “新しい朝”――“新しい命”
今週も2話掲載です。
文章や設定に至らないところがあるかもしれませんが、温かい目で見守っていただけると幸いです。
タマゴを家へ持ち帰った夜。
リオは寝息を立てるミナの枕元に、そっとタマゴを置いた。
淡い光を宿すそれは、どこか温かさを帯びているように思えた。
(……どうか、ミナを……)
願いを込めるように指先でタマゴを撫でる。
リオは胸の奥に小さな祈りを抱いたまま、ミナの傍らで夜を明かした。
ほとんど眠れぬまま迎えた、冷たい朝の光――
リオはそっと布団をめくり、ミナの細い腕を見つめた。
いつもなら、透き通る肌に浮かぶ深い青――「蒼痕症」の痕が、朝の光にくっきりと滲んでいるはずだった。
「……あれ……?」
声が漏れた。
昨夜まであれほど鮮明だった蒼い痕が、薄い靄のように色を失いかけていた。
青ではなく、どこか霞んだ灰色に近い。
「少し……薄くなってる……!」
驚きと信じられない思いが、一度に胸を突き上げる。
リオはそっとミナの寝顔を覗き込んだ。
まだ眠っているその顔は、苦悶の影が消えて穏やかだった。
「……ミナ、本当に……」
声が震える。
けれど確かな希望が、今はそこにあった。
その日、リオはずっとミナの側を離れなかった。
額に触れて熱を確かめ、布団を整え、水を含ませ、何度も何度も呼吸を確かめた。
祈るように夜を越えた。
二日目の朝――
リオは胸をどくどくと鳴らしながら、もう一度ミナの腕をめくった。
思わず息を呑む。
「……昨日より……もっと……!」
蒼痕が、はっきりと退いていた。
肌の上に広がっていた青の模様は、今は輪郭を失い、薄氷のように消えかけていた。
「……すごい……ミナ……もう少しだよ……!」
声に出すと、涙が滲んだ。
その夜も、リオは眠れなかった。
それでも、不安よりも期待の方が大きかった。
そして――三日目の朝。
胸が締めつけられるように高鳴る。
リオはそっと、ミナの腕をそばに寄せる。
「……!」
そこには、もう何も残っていなかった。
痕跡一つない、きれいな肌。
「……消えた……本当に……」
呆然としたまま、リオは手を伸ばした。
震える指先でそっと撫でると、確かに、何の感触も残っていない。
もう、蒼痕症は――跡形もなくなっていた。
「ミナ……ミナ……!」
言葉にならない声が喉を震わせた。
そのとき。
「……ん……」
小さな吐息とともに、ミナのまぶたが揺れた。
ゆっくりと目が開く。
「……お、お兄ちゃん……?」
それは、何度夢に見たかわからない光景。
リオは声を上げた。
「ミナ! ミナ……目が覚めたんだね!」
溢れる涙を止められなかった。
ミナはきょとんとした顔で、眠たげに首を傾げる。
「……うん……なんだか……すごく体が軽い……ふわふわするの……」
「苦しくない? 痛いところは?」
「ううん。どこも痛くないよ。ねえ、お兄ちゃん……私……もう病気じゃないの?」
「……うん。もう大丈夫だよ。蒼痕……全部消えたんだ。……本当に……」
言葉が途切れた。
喉が詰まって、声が震える。
「……よかった……本当に、よかった……」
ミナは驚いたように瞬きし、やがて小さく笑った。
そして、細い腕を伸ばして、リオの手をそっと握る。
「泣かないで……お兄ちゃん……私……ずっと……迷惑かけてばかりで……」
「そんなこと……ないよ。何があっても、ずっと一緒だって……決めてたんだ」
震える声で、それだけを伝えた。
ミナは少しだけ頬を赤く染めて、小さくうなずく。
「……ありがとう……お兄ちゃん。私……これからは……いろんなことがしたいな……」
「うん。一緒にやろう。冒険だって、旅だって……何でもできるよ」
そのときだった。
「……!」
部屋の隅で、柔らかな音が響いた。
二人が一斉に視線を向ける。
タマゴが、光を帯びながら小さく揺れ――
ピシリ、と殻にひびが入った。
「……え……タマゴが……?」
またひとつ、新しい命が生まれようとしていた。
リオはミナの手を握りしめたまま、その光景を見つめていた。
まるで、すべてが新しく始まるように思えた。
――新しい朝とともに。




