第7話「その彩姉って子の言葉じゃないんだけど、別に年下がお姉ちゃんでも良いんじゃねぇの?」
「それで、今朝弁当持ってきた子は誰なんだ?」
この日の授業が終わり、放課後。
友人の田中を連れ添い向かった先は、図書室である。
「部活に出なくても良いのか?」
「安心しろ。遅れるって連絡は入れてある」
ワンチャン、部活に行くから今日は無理と言われないか期待していた優斗だが、田中は既に手回し済みである。
ならば、図書室は満員で入れない可能性にかけてみるが、残念ながら人はまばら。これなら人目も気にせず話せるよなと言わんばかりに。
一応本を借りに来た体を示すため、適当な本を借りて、一番人気のない席に腰を掛ける。
目の前でじっと目を見つめてくる田中に対し、さて、どう言い訳したものかと、頬を掻き悩む優斗。
1日かけて何も言い訳が思い浮かばなかったのに、ここにきて急に良い言い訳が思い浮かぶわけもなく。
「実は、子供の頃に年上だと思っていた女の子が居て……」
なので、素直に白状する事にした。
「年上だと思っていた女の子って、朝教室に来た子の事。だよな?」
「あぁ、そうだ」
「そうか。確かに校章がなかったら俺もお前の姉ちゃんと思ってたかもしれないし、まぁ子供のころから大人びた子だったんだろうな」
自分で言っておきながら、あまりに荒唐無稽な始まりだなと思う優斗に対し、田中はどこか納得のいった様子でうんうんと頷く。
とはいえ、その部分を納得してもらえたなら後はスムーズに話が進む。
両親が海外に行ったために一人暮らしになった事を話すと「コッテコテのラブコメやギャルゲー展開やんけ!?」と田中が盛大にツッコミ、図書委員から睨まれたこと以外は。
「ところでさ、話の腰を折るようで悪いんだけど」
「どうした?」
「家の事をやって貰ってるなら、お前ここに居て大丈夫なのか? その彩姉って子、お前ん家に入れないんじゃないか?」
「あぁ、それなら少し遅れるって連絡してあるし、家の合い鍵を渡してあるから大丈夫だぞ」
「そうか。それなら良いんだ」
それから軽く30分ほどで話は終わった。
田中としては、彼女に姉の振りをして貰って弁当を届けさせるプレイとか色々勘ぐったりしていたが、そういう特殊な状況ではない事を理解した。
どう考えても、十分すぎるほど特殊な状況だと思うが。
「まぁでも、変、だよな」
年下にお世話されてる事もそうだが、そんな年下を「姉」呼びしてる状況の異常さを、他人に話す事で改めて思い知る。
ここでもし田中が「いや、おかしいだろ」と言えば、優斗は彩音ともう一度ちゃんと話し合う決意が出来ていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
「別に良いんじゃね?」
「へっ?」
友人の言葉に、思わず上ずった声で返事をしてしまう。
否定されるかもしれない、バカにされるかもしれない。
田中の一言は、そんな優斗の心の不安を吹き飛ばすくらい強烈だった。
「その彩姉って子の言葉じゃないんだけど、別に年下がお姉ちゃんでも良いんじゃねぇの?」
「いや、でも変じゃないか?」
「変ではあるけど、お前と彩姉って子は、姉と弟の関係が出来ていて、たまたまお前が年上で、相手が年下だった。それだけの話だろ?」
「そう、ではあるけど」
「今更その関係を変えようと言われても、相手だって戸惑うだけだろ。自分の方が年上だって言うなら、その関係で居てあげるのが年上としての役目なんじゃねぇの?」
「そうか?」
「そうだよ」
優斗の疑問に対し、田中はフッと笑い肯定する。
年上としての役目、その言葉にふと遥の言葉を思い出す。
『アンちゃん。彩音ちゃんはお姉ちゃんって存在に憧れてるんだよ。付き合ってあげてね』
年上だという事を誇示するのでなく、相手のためにあえて弟になる。
それが大人の対応だと、遥も田中も言いたいのだろう。
だから、彩姉の事を思うなら、自分は弟になるべきなのだと。それが建前でも。
「サンキュー渡辺」
「急にどうした。あと唐突に本名になるなって」
「聞いてくれたおかげで楽になったわ」
「そうか。それじゃ、俺はそろそろ部活に行くかな」
「おう。頑張れよ」
借りた本をカバンに入れ立ち上がる。
どうでも良いバカ話をしながら仲良く廊下を歩き、校庭まで出ると「じゃあな」と言って田中と手を振り別れる。
「渡辺、遅れて来たのにヤケにご機嫌じゃねぇか。何かあったのか?」
「何でもないっすよ!」
先輩に声をかけられ、何かありましたらと言わんばかりの笑顔で何でもないと答える。
遅れてきた分シゴいてやるからなと愉快そうに笑う先輩の言葉も、今の田中の耳には入っていない。
(年下の姉は居ただろう?)
見た目と性格が良く、頭脳明晰でスポーツ万能。
そんな田中が彼女を作らない理由。
(年下のママもそうさ!! 必ず存在する!!!!)
彼は年下のママ属性だった。
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