第6話「優斗君ごめんね。お姉ちゃん朝寝坊しちゃったから」
「最近優斗の母ちゃん、趣味変わった?」
4時限目の授業が終え、昼食時の事であった。
いつものように自分の席で弁当を食べている優斗に声をかけたのは、向かい側に座る友人の田中である。
ちなみに田中の座っている席は田中の席ではない。優斗の前の席を勝手に借り、向かい合わせになるようにくっつけて一緒に昼食を取っているだけだ。
1年の時に同じクラスで仲良くなり、気が付けばこうして毎日昼食を共にする仲にまでなっていた。
「急にどうした?」
「いや、なんか最近の優斗の弁当って可愛い感じがしないか?」
友人の鋭い推察に、思わず言葉を詰まらせてしまう。
別に優斗の母親がずさんな弁当を作っているわけではない。
単純に彩音が可愛く盛り付けているだけである。
それが1回や2回程度なら、田中もそんな日があるんだなと気に留めなかっただろう。
しかし、毎日続けば不振に思うのは当然である。
「そんな事ないと思うけどな?」
「そんな事あると思うけどな?」
彩音に作ってもらったから、と説明するには事情が複雑すぎる。
『年下のお姉ちゃんに作ってもらったんだ!』
なんてことは、口が裂けても言えない。言えるわけがない。
そんな事を口にすれば、クラスメイトから何を言われるか分からないからだ。
ジロジロ見るなよと言って、弁当を隠したい優斗だが、隠せばやましい事があると自白しているようなもの。
なので、努めて冷静に、気にせず昼食を再開する。
「それにその箸だって、前使ってたのと違うじゃん?」
「そうか?」
指摘され、確かに言われてみれば箸が前と違う気がするなと思う優斗。
しかし、じゃあ以前どんな箸を使っていたかと問われると、記憶がかなり曖昧になる。箸の柄など気にした事がなかったので。
「ってか田中、お前、俺の事見すぎじゃね? ヘンタイか?」
「ヘンタイでもなければ、田中でもねぇよ」
わざとらしい大きなため息を吐き、優斗をジト目で見つめる田中。
彼の本名は田中ではなく、渡辺 翔。
入学間もない頃。
知らない人間にちょっかいをかけたがる男子が「おっ、田中じゃねぇか!」と言って声をかけられ、しばらくの間クラスメイトから田中と間違われたのがきっかけである。
もちろん、優斗もクラスメイトも彼の本名を知っているが、一部は面白がっていまだに彼の事を「田中」と呼んでいるのだ。
このまま田中弄りをして、その隙に弁当から話題を逸らそうとする。
が、その程度の考えは軽くお見通しである。
「もしかして、彼女に作ってもらった。とか?」
「いーや?」
本命の質問をぶつけてみる田中。
彼女という言葉に、クラスメイトも軽く反応をする。他人の恋愛話に興味があるお年頃なので。
だが、あまりにも反応が薄い。もし本当に彼女の手作りならもう少し何かアクションがあっても良いだろう。
とはいえ、そんな事で簡単に食い下がるほど思春期は甘くない。
吐けよ、本当は彼女が出来たんだろとウザ絡みをする田中に対し、優斗が鼻で笑う。
「じゃあ聞かせてもらうが、お前はこんな男を好きになる女が居ると思うか?」
「あー……ごめん」
「深刻そうに謝んなや!!」
じゃれ合う優斗と田中を見て、女子が小声で話し始める。
確かに彼女が出来るなら、安藤君よりも先に渡辺君でしょ。と
特別顔が良いわけでもなければ勉強ができるわけでもない。
スポーツも並で特別な才能を持っているわけでもない。どこにでもいる平凡な少年。
対して友人である田中(渡辺)は勉強が出来て、サッカー部では1年の時から既にレギュラーを取っている。
その上ルックスも良しとなれば、彼女が居ない方がおかしいくらいのスペック。
まるでラブコメ漫画に出てくるモブキャラのように2人の事を話、クスクスと笑う女子たち。もちろんその声は優斗の耳にも届いている。
「女子たち、流石に言い過ぎじゃないか」
ムッとした顔を見せ、立ち上がろうとする田中を優斗が宥める。
なおも聞こえていないと思っているのか、小声でクスクスと笑いながらおしゃべりをする女子に、優斗は苦笑いの表情を浮かべる。
実際に言っている事は何も間違っていないし、それを今更指摘されたところで腹も立たない。
こうして友人が自分のために怒ってくれるだけで十分だ。などという格好つけはない。
よっしゃ、これで話題を逸らせたぜヒャッホーである。
とはいえ、このままではいずれはバレるだろう。
なので、その時までに、何か良い言い訳を考えないと。
そう考えていた翌日であった。
「優斗君ごめんね。お姉ちゃん朝寝坊しちゃったから」
はいと言って、弁当を渡し、優斗の教室を後にする彩音。
女の子が優斗にお弁当を持って来たことで、優斗の彼女登場かと盛り上がりを見せたクラスメイト。
だが、お姉ちゃんという単語で一気に熱が冷める。
なんだ、姉かと言いながら、興味をなくすクラスメイトたち。
唐突の事で、内心焦っていた優斗だが、クラスメイトが本当の姉と勘違いをした事により、九死に一生を得た。
今朝彩音が寝坊した事は、スマホにメッセージが来ていたので知っていた。なので仕方なく通学途中のコンビニでパンを買い、昼食は田中から何かせびる算段だったのだ。
彩音に言いたい事はあるが、弁当を教室に持ってくる可能性を失念していた自分の責任。それに遅刻ギリギリだというのにわざわざ弁当を作って持って来てくれた相手に文句を言うのは不義理が過ぎる。
なので、次からはちゃんと連絡をして弁当を別の場所で渡してもらうようにお願いしよう。
そう思いながら自分のカバンにお姉ちゃん特性弁当をしまおうとして、不意に肩を掴まれる。
まるでホラー映画のワンシーンのようにゆっくりと振り向いた先には、引きつった笑顔の田中が居た。
「な、なぁ。今の子、1年生だったよな。ほら、校章の色が……」
周りに配慮してなのだろう、顔を近づけ、コソコソと話す田中。
「頼む渡辺。この場だけでいいから、見間違いという事にしておいてくれないか」
「あっ、あぁ。分かった。あと、こういう時だけ本名で呼ぶな」
物わかりの良い友人に心の中で感謝しつつ、どう言い訳をするべきか。
窓の外の空を見たところで、答えが浮かんでくるわけがなかった。
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