第5話「時に彩姉……掃除機を持ってどちらへ向かおうとしているのですか?」
学校生活が始まってから、初めての休日。
朝食が終わった昼下がり。
彩音が家に来た当初は、それなりにキチンとしようとしていた優斗だが、生活にも慣れ始めだらしない部分が露呈していく。
その証拠に、今現在リビングでは、ソファの上で横になり、だらだらとゲームをしている。
「もぉ、優斗君。ご飯食べてすぐに横になると牛さんになっちゃうよ」
ちゃんと座って、ゲームをしなさいと彩音から注意をする。
もし注意をしたのが優斗の母親だったら「へいへーい」と適当な返事をして、優斗は寝そべったままゲームを続けていただろう。
だが、相手は彩音。一度言いだしたら聞かないガンコなところがあるので、適当にカラ返事をしようものなら、目の前まで来てお説教が始まるのが目に見えている。
そんな姉を相手して、敵わないのは優斗の本能が理解している。
なので、やれやれしょうがないと言いながら、姿勢を直す。
これで良いでしょと彩音に目を向けた刹那。明らかな嫌な予感に、優斗がコントローラーをその場で手放し、両手を広げ急いで彩音の前に立ちふさがる。
「時に彩姉……掃除機を持ってどちらへ向かおうとしているのですか?」
掃除機持ってリビングを出ていこうとする彩音。
自分の目の前で両手を広げる優斗に対し、怒るでなくニッコリと笑顔を向ける。
「優斗君、さっき見たけど部屋が散らかってるよ。お姉ちゃんが片付けてあげるから。ほら、ちょっとどいて」
「いや、彩姉。俺の部屋は自分でやるから!!」
「だーめ。そう言って優斗君やらないでしょ。お姉ちゃんがやってあげるから、優斗君はゲームでもやってて」
彩音がニコリと微笑むが、目は笑っていない。何故ならそれほどまでに部屋が汚かったからである。
お姉ちゃんと言いつつも、彩音はある程度の事は大目に見て見逃していた。束縛や命令ばかりしているお姉ちゃんはうっとおしがられるだろうから。
だが、それも限度がある。
積み上げられた漫画や段ボールの箱。
脱ぎ散らかした衣類。
敷きっぱなしの布団。
母親が家に居た頃は、酷くなると母親に問答無用で片付けられるために、限界ラインを見極め、そこそこ汚いで済んでいた。
その母親が居なくなり、彩音が遠慮して無断で部屋に入ってこない事を良い事に、怠惰怠惰の散らかし三昧。
まぁ大丈夫だろうと、油断していた結果、ついに凄惨な部屋を彩音に見られてしまったのだ。
彩音は頑固で一度言い出したら聞かないところがある。
なので、このまま問答していても、「めっ!」が飛んでくるのは確実。
だが、優斗はそれでも引くわけにはいかなかった。
思春期の男の子の部屋である。
親に見られたら大変なものの一つや二つ、当然ある。
それをもし彩音に見られようものなら何を言われるか。
蔑まれるのか、それとも怒られるのか、下手をすれば親に連絡が行くかもしれないし、それが理由でもう家事をしてくれないかもしれない。
まぁ、そこまではいかないとしても、「優斗君はこういうエッチなのが好きなんだ」と言われるだけでも優斗にとっては致命傷である。
「彩姉、ほんと大丈夫だって! なっ? なっ?」
「優斗君。遠慮しないで、お姉ちゃんに任せて! ねっ? ねっ?」
笑顔で一歩づつ優斗に近づく彩音。
後ろから「ゴゴゴ!」という擬音が聞こえてきそうな圧に、一歩ごとに後ずさんでしまう優斗。
もはや落城寸前である。
「アンちゃん、彩音ちゃんの世話、最高だよね!」
そこに救いの手を差し出すように現れたのは遥だった。
救いの女神は、ポテチの袋を片手に、カスをボロボロと汚く零しながら、まるでバカっぽい、もとい慈愛に満ちた表情を浮かべている。
「お前は、世話される側じゃねえだろ! てか、ポテチのカスをボロボロと床に落とすな!」
優斗のツッコミに、遥が「アンちゃん、細かい~!」と笑う。
そんな遥かに彩音は「遥ちゃん。食べ物はリビングで座って食べないとダメだよ」と優しく注意をする。ニコニコと笑いつつも、額に青筋が浮かべながら。
遥が汚した床を彩音が掃除する隙を見て、慌てて自室に戻り、見られたらヤバい物を必死で隠す優斗。
彼がその日以降、自分の部屋を片付けるようになったのは、言うまでもない。
(優斗君、そっか、男の子だもんね……こういうエッチなのが好きなんだ)
ついでに、後日こっそり彩音が優斗の部屋を掃除した際に、優斗が必死になって隠した「見られたらヤバい物」を彩音に見られたのも、言うまでもない。
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