第34話「ほら、男の子ってこういうのが好きだって、佳世から聞いたんだけど」
「アンちゃん、海にする? プールにする? それとも、ア・タ・シ?」
「メシで」
「おい!」
普段は彩音や遥が家に来ている時は、リビングで一緒に過ごす優斗。
しかし、宿題をやる時や、真面目に作業をする時は基本部屋で過ごしている。主に遥が邪魔をしてくるという理由で。
本日は集中してやりたい作業があったので、自室で過ごしていた優斗が彩音の「ご飯できたよ」という呼び声に釣られ、リビングへ向かった時の出来事だった。
優斗がリビングのドアを開けた先で、何故か家の中でフリルの付いた水着を着た遥がセクシーポーズを決めていたのだ。
遥の問いを適当に流し、ちょっとだけ可哀そうなものを見るような目で遥を見た後に、テーブルの椅子に腰かける。
「優斗君。海にする? プールにする? それとも……」
「彩姉、水着の上からエプロンして料理したら、跳ねた油とかでヤケドするぞ」
「大丈夫、ちゃんと料理作ってから着替えたから」
「そうか、それなら良いんだ」
遥がアホな事をするのはいつもの事なので流す事は出来るが、流石に彩音までそれに乗っかっているとなると無碍な対応が出来ない。普段からお世話になっているので。
とはいえ、とはいえである。このノリに付き合っても良いことはなさそうだと、優斗の第六感が告げている。
「彩音ちゃんの事は心配して、ボクはスルーかよ!?」
「遥、大丈夫か? 頭」
「はったおすぞ!」
両手を振り回し、ぐるぐるパンチをしようとする遥の頭を押さえながら、優斗は軽くため息を吐く。
これは話を聞かないと終わらなさそうだなと、ちょっとだけめんどくさそうに考えながら。
「それで、急に水着を着てどうしたんだ? 海かプールに行きたいから一緒に行かないかって誘い?」
「ピンポーン大正解。優斗君偉い!」
そう言って優斗の頭を撫でる彩音。
恐ろしく速い頭なでなでである。頭を撫でるチャンスを見逃さない女なので。
頭を撫でられる事自体は嫌ではないが、状況のめんどくささに優斗がもう一度ため息を吐く。
「どこかに出かけようって誘いなら、普通に誘ってくれれば行くから」
こんなくだらない事を考えたであろう主犯格を優斗が睨みつける。
だが、主犯格と思われた遥が首を横に振る。ボクじゃないと言わんばかりに。
そんなわけないだろと彩音に目をやる優斗だが、少しだけ恥ずかしそうにしながら俯く彩音を見て理解する。本当に彩音の提案なのだと。
「ほら、男の子ってこういうのが好きだって、佳世から聞いたんだけど」
優斗の脳裏に浮かぶのは、目を細めニヤリと笑う佳世の姿。確かに彼女なら彩音に変な事を吹聴してそそのかしかねない。
そんなバカな事を信じるのかと思う優斗ではあるが、もちろん彩音自身もそれは十中八九嘘だと見抜いている。だがもしかしたらその中の1があるかもしれない。
優斗を喜ばせてあげたいという姉心から、恥ずかしいなりに実行してみたのだ。結果は見ての通り、大失敗である。
彩音の様子を見て、これ以上言及するのは彩音を追い詰めるだけ。
それに、好きかどうかで言われたら、優斗は好きである。男の子なので。佳世の言い分は間違ってはいない。
だが、思春期の男の子に、女の子の前でそれを素直に認めろというのは酷な話。
「それで、行くなら海かプール。どっちにする?」
なので、話題を変えていく。
「出来ればゆっくり出来る海の方が良いかな? それにお弁当作って一緒に食べたいし。遥ちゃんは?」
「ボクも海! プールに行くといつも係員が『こちらは大人用のプールなので』とか言いやがるんだよ!」
これ以上、男の子ってこういうのが好きなんでしょ話題を引き延ばされたくない彩音はあえて話題に乗っかっていく。
遥はもちろん、何も考えずに話題に乗っかってるだけだが。
「とりあえず、メシ食いながら決めようか」
優斗の言葉に、笑顔で頷く彩音と遥。
エプロンを外したは良いが、なぜか水着姿のまま彩音が食事を取り始める。もちろん遥もである。
(着替えないんかい!)
心の中でツッコミつつも、それはそれで有りなので優斗は口にしない。
食事をしながら、どこの海に行きたいか、朝は何時に出発するか。
話している最中に、時折彩音や遥の水着姿に目がいってしまうのはご愛嬌である。
もしかしたら、風呂に入っていたら「今日は水着だから」と言って、一緒に入ってくるイベントを期待する優斗だが、残念ながらそんな事はなかった。