第27話「じゃじゃーん。彩音ちゃんの秘密の日記帳!」
夏休みが始まり、彩音の友人がやってくる日がやってきた。
この日、優斗は物凄く緊張していた!
彩音の友人と会うというのもあるが、そもそも、女の子の部屋に入るのは初めてなので!
「どうぞ、自分の部屋だと思って寛いでね」
佐藤家の門をくぐり、案内されるままに入った彩音の部屋は、とても良い匂いだった。
勉強机に、小さなテーブル、棚には小物が飾られ、シンプルなベッドにかけられたシーツは皺一つなく清潔感が漂っている。
初めて入った彩音の部屋は、優斗の想像よりもやや質素な感じであった。可愛い物が色々と飾られたりしている部屋を想像していたので。
それでも、どこか可愛い雰囲気が出ている辺り、やっぱり女の子の部屋なんだなと思う。
そんな部屋で自分の部屋と思って寛いでと言われても、無理な話。
小さなテーブルの前にある座布団の上に、正座をしてカチコチに固まっている。
「そうだ、何かお菓子と飲み物取って来るね」
ニコニコ顔の彩音がパンと手を叩き、そう言って部屋を出た。
完全に気の利く優しいお姉ちゃん行動、ちなみに気が利いてるのではなく、単純に優斗が部屋に来たらやってみたいお姉ちゃん行動ランキングに基づいた行動である。
もちろん、優斗はそんな事を知る由もない。
置物のように硬直し続ける優斗。
変な事はハナからする気はないが、女の子の部屋でこうやって一人だけで居ると、それだけで何か悪い事をしている錯覚に陥ってしまう。
今は1秒でも早く彩音が戻ってきて欲しい優斗だが、間が悪い時というのはトコトン間が悪かったりする。
足音が近づき、部屋のドアが開けられホッとしたのも束の間。
「ごめんね優斗君。お菓子切らしちゃってたから、お姉ちゃん今から買って来るね」
「それなら俺が行くよ」
「ううん。優斗君はお客さんなんだから、部屋でゆっくりしてて。じゃ」
ドアから顔だけだして、そう伝えると、バタンとドアが閉められ足音が遠ざかっていく。
玄関のドアが閉まった音を聞いてやっと、ここは男らしく「女の子一人で行かせられない」とか言ってついて行く場面だっただろと自責の念に駆られる。
もしここで彩音の友人とやらが来てしまったら気まずいというレベルではない。
そもそも、お客さんなんだから理論で言えば、毎日のように安藤家に来ている彩音はお客さんの立場なのに、料理や買い物をしているだろう。
いくらでも反論は思い浮かぶが、後の祭りである。慣れない状況で完全に頭が回っていない。
近くのコンビニでも往復で10分はかかるだろう。
もし、少しでも安く済ませようと主婦じみた考えでスーパーまで足を運んでいたらもっと時間はかかる。
なんとか時間を潰そうとスマホを眺めてみるが、それも数分で飽きてしまう。
あらかじめ、どれくらいかかるか聞いておくべきだったかもと、何度目かの後悔に駆られていた時だった。
ガチャリとドアのノブが回る音がした。もちろん、彩音はまだ帰ってきていない。
恐る恐る優斗がドアの方を振り返ると、そこにいたのは遥であった。
彩音の友達が来たのかと身構えたが、遥だった事に安堵のため息を吐く。
「なんだ、遥か」
「なんだとはご挨拶じゃねぇか、一人寂しくしてるアンちゃんの相手をしてやろうと思って来てやったのに」
おうおうと口にしながら、まるで主人公に絡むチンピラみたいな遥の物言いに、また何かの漫画の影響だなと、またため息が出そうになるのを堪える。
確かに言い方はアレだが、暇を持て余していたのは事実。更にいうと彩音の部屋で一人でいる事に謎の罪悪感も感じていた。
「悪い悪い、あー、遥に相手して欲しいなー」
「しょうがないにゃー、良いよ」
なので、遥の登場は、今の優斗にとってありがたい存在……になるはずだった。
「ってわけで、彩音ちゃんの部屋探索しようぜ!」
「お前は何を言っているんだ?」
言うが早いか、早速彩音の部屋を物色し始める遥。
止めようと立ち上がってみるが、慣れない正座をしていたせいで、足が痺れてまともに動けないでいる。
「じゃじゃーん。彩音ちゃんの秘密の日記帳!」
勉強机の引き出しから、一冊の可愛らしいノートを取り出し、高く掲げる。
ノートには「日記帳」と綺麗な字で書かれている。
「やめろ それはマジでやばい」
「えー、乙女の秘密、見たくないのかアンちゃぁん?」
「いや、見たらダメだろ。プライバシーの侵害だぞ」
「じゃあ、なんでアンちゃんは止めようともせずに、そんなところで突っ立ってるんだ? ヘッヘッヘ、素直になれよ」
「正座してたから足が痺れてるんだよ!!」
「ほうほう、足が痺れてる」
勉強机の上に日記帳を置くと、ジリジリと優斗に近づき始める遥。
どうやら日記帳から興味が優斗の痺れた足に興味が移ったようだ。
「ええのんか? ここがええのんか?」
「ぎゃー、やめろー」
痺れた足をぷにぷにと触る遥に、優斗があえて大袈裟に振る舞い続ける。
こちらに意識が向いている間は、彩音の部屋を物色するなどと言う蛮行に及ばない。なので遥の興味を引く必要があった。
普段のお返しと言わんばかりに、優斗の足をツンツンしては「ねぇ、今どんな気分? ねぇねぇ」と言って遥が高笑いを繰り返す。
だが、優斗の努力も虚しく、遥の興味が別の方へと向かってしまう。
「そうそう、アンちゃん知ってる。彩音ちゃん最近胸が大きくなったんだよ」
そう言って向かった先は、タンスである。
「やめっ!」
立ち上がろうとするが、まだ痺れる足にもつれ、その場に倒れ込む優斗。
遥はタンスを手にかけると、一切の躊躇なく引き出しを開ける。
倒れているおかげで、優斗の角度からは引き出しの中身は見えない。
倒れている優斗から見えないのは、遥もそれには気づている。
なので、遥は「ちゃんとアンちゃんに見せてあげるね」と引き出しから取り出す。
「彩音ちゃんって、シンプルな柄ばかりだったのに、最近はこんな可愛いのとか付けてるんだぜ?」
せめて見ないように顔を逸らし、部屋の外に逃げ出そうとする優斗だが、痺れの残る足では上手く動けない。
なんで正座なんてしたんだよと、今日何度目かの後悔をしつつも、這ってドアを目指す。
当然、逃げ切れるわけもなく、逃がすまいと優斗の上に馬乗りをして、優斗の顔の前でプラプラさせた。
不可抗力で見てしまったソレは、白とピンクを基調としたデザインのブラジャー。
ブラジャーなど普段から見る事がない優斗だが、なぜかソレはどこか見覚えがあった。
「それ、俺が彩姉に選んだやつじゃん」
「はぁ!?」
思わず口にしてしまった優斗。
遥、真顔である。
どういう事か、遥が問い詰めようとした時だった。
「2人とも、何してるの?」
彩音が、お菓子とジュースを置いたお盆を抱え、完全にフリーズしていた。
「あ、彩姉、違うんだ! 誤解だ!」
遥に馬乗りにされながら、ブラジャーを見せつけられている状況。もはや誤解するなという方が無理がある。
「おっ、彼が噂の弟君か……って何やってんの?」
更に間の悪い事に、彩音の友達も一緒である。