第26話「優斗君。実は友達が夏休みを使ってこっちに遊びにくるんだけど」
優斗の恥も外聞も捨てた勉強方法により、彩音の中間考査の結果は良くもなければ悪くもない、そこそこの結果を取る事が出来た。
とはいえ、今回やったのはあくまで対処療法。今後のことも考えるとちゃんとした勉強のやり方を教える必要がある。
だが、期末までまだ3ヶ月近くあるので、今すぐにと急ぐほどではない。
これで安心して夏休みを迎える事が出来る。などと優斗が安堵したのも束の間の事だった。
「優斗君」
無事中間考査が終わり、迎えた休日。
いつものように安藤家で昼食を済ませた彩音が、ニコニコ顔で優斗に話しかける。
ご機嫌な声色に、何かあったかと思案し、思い当たる節がないなと思いながら彩音を見た。
「ん? どうした彩姉?」
「彩姉じゃなくて、ちゃんとお姉ちゃんって呼んで欲しいな」
思わず椅子から転げ落ちそうになる優斗。
お姉ちゃん呼びして欲しくて、ニコニコしていただけなのかと。
「いや、彩姉は彩姉だし」
「えー」
ぷくーと頬を膨らませ「優斗君が反抗期になっちゃった」と拗ねて見せる。
が、その程度で優斗の心は揺らがない。お姉ちゃん呼びは彼にとっては最終手段なので。おいそれと呼ぶわけにはいかない。
首を傾げながら可愛らしく「ねぇ、だめかな?」と言われても、ダメなものはダメである。
この頃は弟自慢がしたいのか、学校の中でも話しかけるきっかけを色々作ろうと画策しており。
「優斗君。ごめんねお姉ちゃん寝坊して朝お弁当渡し忘れちゃった」
と、3日連続で教室まで来たりしていた。
今はまだ田中にしか気づかれていないが、その内クラスメイトも気づくだろう。
一応、バレないように優斗のクラスに行く時は、遥から借りて三年生の校章を付けてくるので誰も疑問に思ってはいない。
だが、何度も優斗のクラスに顔を出していれば、その内嫌でも顔を覚えられるだろう。
そんな状態でたまたまクラスメイトが彩音と廊下ですれ違い、一年生の校章をつけて一年生と一緒にいるところを見られれば終わりである。
なんとかして欲しくはあるが、色々とお世話になっている事もあり、あまり強くは言えない。
クラスメイトにバレないかビクビクしている優斗だが、不安が的中することはなかった。
あえて言うならクラスメイトに「お前の姉ちゃん可愛いくない?」と言われる程度。
相手を年上だと思っているからか、男子がそれ以上に何かを聞いてくることもない。
こうして、無事夏休みを迎えることが出来た。
夏休みなら学校に行く機会は極端に減る。なので、しばらくの間は大丈夫だろうと思う、が。
大丈夫じゃなかった。
「彩姉、どう言うことだそれ?」
夏休み初日。
私服の白いワンピース姿の彩音が、朝から朝食を作っていた。この時から、優斗は何か違和感を感じていた、彩音の様子がどこかおかしいと。
だが、どこがおかしいか分からず、言い出せずにいた。
朝食を食べ、皿を片付けようと立ち上がった優斗の前で、彩音が申し訳なさそうに眉を下げ、両手を合わせる。
「優斗君。実は友達が夏休みを使ってこっちに遊びにくるんだけど」
「こっちに遊びに来るって事は、引っ越す前の友達?」
「うん。それでいつも優斗君の話をしてるから「優斗君に会ってみたい」って言われて……その、一緒に会って欲しいけど良いかな?」
「別にそのくらいなら構わないけど」
その程度ならお安い御用である。
優斗が快く返事をするが、まだどこか浮かない表情の彩音。
その時点で、なんとなく優斗は察していた。
「もしかして、弟として紹介しちゃったから、弟の振りして欲しいとか?」
思わず目を見開いた彩音が、驚愕の表情を浮かべる。
「凄い! 優斗君なんで分かったの!?」
「彩姉の事だから、そんな事だろうなと思って」
予想通り過ぎて、なんで分からないと思ったのかと言いたくなるほどである。
軽くため息を吐く。弟役をやりたいかやりたくないかで言えばNOだ。
だが、普段からお世話になっているのだから、それくらいはと思わなくもない。
「ちなみに、その友達はどれくらい滞在するんだ?」
「えっとね。ライブの為に泊りがけで来るんだけど、ライブが終わったら新幹線ですぐに帰らないといけないから、ライブの前の日の1日だけだって」
「そうか……まぁ、1日だけなら」
嬉しそうに笑みを浮かべる彩音に、一応の釘を刺す。
「だけど、知り合いが来そうな場所はやめてくれよ」
「それなら大丈夫だよ。私の部屋でおしゃべりするだけだから」
「それなら安心だな」
鼻歌交じりにご機嫌な足取りで台所に向かい、皿洗いを始める彩音。
彩音の部屋なら知り合いに会う事もないだろうし、大丈夫だろうと、食後のTVを始める優斗。
彼はまだ気づいていない。自分が女の子の部屋に入るのは、これが初めてだという事を。