25話「そっか、優斗君がそこまで言うなら、お姉ちゃんも頑張らないといけないよね。うんうん」
翌日から、早速勉強を始めた。
中間考査まで10日をきっている。なので、出来るだけ迅速に事を運ぶ必要があった。
「マジか、マジかぁ……」
結論から言おう、彩音はとても真面目であった。
ちゃんと授業のノートを取り、教科書にはマーカーを引く。
どの科目も、サボった様子はない。その上で成績が悪いのだからそれはそれでタチが悪い。
これだけ真面目に授業を受けているのに、なぜ成績がボロボロになってしまったのか。
原因は大きく分けて、2つある。
「ここはガッと溜めて、ババーっと行くところだよ」
1つ目は今現在、謎の擬音語を使いながら彩音に勉強を教えている遥。彼女の存在がダメであった。
英語の勉強を教えるのにどうしたら「ガッと溜めて、ババーっと行く」などという表現になるのかが分からない。
それでいて、答えはあっているのだから尚更タチが悪い。
そして、答えが合っているからこそ彩音は遥の言葉を信じて「ガッと溜めて……」などと口にしながら、問題と向き合ってしまっている。
なおも彩音の隣で謎の擬音語を口にする遥を見て、優斗は頭を叩きたい衝動に駆られるがグッとこらえる。遥は遥で、彼女なりに本気で彩音に教えようとしているのが分かっているから。
とはいえ、そのままにしておいても良い事にはならない。
「遥、交代だ」
「でもまだ始めたばかりだし」
「良いから交代だ。お前の教え方じゃ彩姉は一生をかけても理解出来ないから」
「むぅ……」
優斗に対し、文句を言いたい気持ちはあるが、実際に自分が教えても一向に彩音が理解出来ていない事を遥自身も痛感していた。
もっと上手く教えようとすればするほど、言葉に出来ないもどかしさから、余計に擬音語や「あれ」といった感じの言葉ばかり増えてしまう。
だから、優斗の言葉に「じゃあ任せた」と素直に引き、そしてリビングのソファに座りTVをゲーム機に繋げゲームをし始める。
そんな遥に、小声で「ごめんね」と言いながら苦笑いを浮かべる彩音。と、それを更に苦笑いで見守る優斗。
「さてと」
気持ちを切り替えるために、あえてそんな言葉を口にしながら彩音のノートを見た。
ノートは綺麗に取ってあるし、教科書もマーカーで線を引いている。
ここで2つ目の原因を理解する。
「いくらなんでも、書き込み多すぎじゃないか?」
綺麗の取ったノートだが、どう考えても授業で黒板に書かれた事を写しただけとは言えないような量が書かれている。
事あるごとに補足説明がされているのだ。しかも長文で。
更に教科書には、マーカーがビッチリ、それはもうマーカーがない場所を探す方が難しいほどにカラフルになっている。
ようは、真面目過ぎるのだ。
教師が説明した内容を、ちゃんと理解しようと大量に補足説明を入れ。
教科書の内容は、重要じゃない場所なんてないといわんばかりに一言一句をチェックしてしまっている。
こんな事をしてしまっては、効率が悪いどころか、頭がパンクしてしまい何が何だか分からなくなってしまう。
まずは勉強の仕方から教えたいところではあるが、残念ながらそんな事をしている暇はない。
「彩姉、とりあえずヤマ張るから、そこだけ覚えて」
「それは、ちょっとずるいんじゃないかな」
頑固と生真面目の合わせ技である。
今はそんな事言ってる場合じゃないと説得を試みるが、彩音は頑なに首を縦に振ろうとしない。
問答をしている一分一秒でも惜しいというのに。
「ぐぬぬぬ」
彩音の成績が落ちれば、確実に彩音は両親から咎められるだろう。優斗のお世話をしているからだと。
もし彩音の両親が何も言わなかったとしても、優斗の両親が彩音の成績が悪い事を知れば、小言が出るのは確実。自分の息子の世話を頼んだせいでと。
それらが問題なかったとしても、自己犠牲の果ての献身など優斗は望んでいない。
両親に怒られても彩音は自分の世話に来るだろう。学校を辞める事になっても自分の世話をしに来てしまうかもしれない。
そこまで異常な行動はとらないだろうと思うが、言ってしまえば、毎日過剰なほどのお世話をしに来ている今の時点で十分異常なのだから。
親が海外転勤について行ったせいで、などと責任転嫁をしても仕方がない。
今まで家事の手伝いを一切してこなかった優斗自信も責任があると思っているから。
なので、ここは心を鬼にして、男を見せるしかない。彩音をじっと見つめ、そう意気込む。
「どうしてもダメかな? 彩音お姉ちゃん?」
安藤優斗高校2年生。男を見せる!!
普段から「昔みたいに『お姉ちゃん』って呼んで欲しいな」と言われても、頑なに拒み続けた最終防衛ライン。
年下の彩音を『彩姉』と呼び、散々年下のように甘やかされた彼にとって、それでも守り続けた最後の砦。
自尊心という衣を全て脱ぎ捨てた彼の心は今、一糸まとわぬ裸である!
「えっ……優斗君、今」
「彩音お姉ちゃんが成績悪くて怒られると、俺も悲しいからさ」
「~~~~!!!!!」
頬を紅潮させた彩音が、言葉にならない叫びと共に優斗を抱きしめる。
頭を撫でているつもりなのだろうが、その姿は某動物王国の動物好き爺さんのようである。
「そっか、優斗君がそこまで言うなら、お姉ちゃんも頑張らないといけないよね。うんうん」
「わ、分かってくれた?」
「うんうん。分かったよ。じゃあお姉ちゃんに、どこを覚えれば良いか指さして教えてくれる?」
まるで、知識を自慢する幼稚園児をおだてる母親のように、猫撫で声を出す彩音。
優斗が一つ教えるたびに、彩音は「はい分かりました」と、幼子を宥めるように言っては、頭を撫でる。
「おうおう、面白い事になってるじゃねぇかアンちゃん」
「言っとくが、半分はお前のせいでもあるからな? 分かったらスマホのカメラ向けるのやめてくれる?」
「それは出来ない相談だぜ」
カシャカシャ音が鳴っていないのを見るに、動画撮影をしているのだろう。
冗談でもそんな物をばらまかれたらと思うと、気が気ではない。相手は遥だからこそ、やりかねないと。
「お姉ちゃん。遥を止めたいんだけど」
「うん分かったよ。お姉ちゃんに任せて」
「いや、退いて欲しいだけだったんだが……まぁいいか」
見れば一瞬で遥の元へ距離を詰めたかと思うと、文字通り締めあげてスマホを取り上げていた。
「ぎゃー、彩音ちゃんギブギブ。ってか力強ッ、めっちゃ力強いんだけど!?」
「うふふ。お姉ちゃんは強いものなんだよ」
その締めあげてる相手はお前の姉なんだが。
喉まで出かかった言葉を優斗は飲み込む、遥ざまぁと思いながら。
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