第23話「で、アンちゃんの前回のテストの結果はどうだった?」
6月。
学生にとって、あの時期がやってくる。
「そういや遥、お前3年生だろ? テスト勉強しなくて良いのか?」
そう、迫りくるは中間考査。
学生にとってはその点数に一喜一憂をし、場合によっては将来が決まってしまいかねない。それが3年生なら尚更である。
だというのに、遥はいつものように夕食後にリビングでゲームをしていた。
卒業後に進学をするなら言わずもがな、就職するにしても赤点などを取ってしまったら卒業すらできない。
一緒になってゲームをしておいてなんだが、あまりに自由奔放に遊び過ぎている遥を見て、優斗が不安げに問う。
そんな優斗に対し、ニヤニヤとドヤ顔を決める遥。
この手のパターンでいえば、十分な成績を収めているのを見せびらかすだろう。
だが、優斗は知っている。コイツはこんな顔をしておきながら、全然ダメな結果を出す事を。
スマホを片手に、今にも「フフーン」と言い出しそうな。
「フフーン」
あっ、言った。
フフーンと口にしながら、ドヤ顔でスマホを優斗に見せつける。まるでどこぞの印籠を見せつける人のようにスマホを構えながら。
「マジか……マジか……」
スマホの画面には、どれも1桁の数字が書かれていた。点数ではなく、順位の方に。
見た目もガキなら中身もガキ。ならばガキ相当の成績だろうと思っていた。
何か不正したに違いない。それを口にしたい思いでいっぱいだが、グッとこらえる。
勝手に下に見て、勝手に驚いているだけ。なのにケチをつけるのは、やってはいけないラインを超ている。
「で、アンちゃんの前回のテストの結果はどうだった?」
「ん、まぁ可もなくは不可もなくって感じか」
「おいおい、ぬるい事言ってんじゃねぇぞ。感想じゃなくてどうだったか聞いてるんだぜボクは」
優斗の驚きようを見て、遥は確信していた。確実に自分より下の成績だと。
事実、優斗の成績は遥の足元にも及ばない。中の下、平均にギリギリ届かない成績だが、赤点を取るほどでもない。
別にそんな成績を特別に恥じる事も誇る事もない。卒業をするだけであれば十分なので。
だが、目の前で口元を抑えて既に笑いを隠し切れない遥の前でそれを言うのは癪だ。
癪だが、始めたのは自分。それに「ほら、言ってみ、おじさんに言ってみ?」とウザ絡みする遥がめんどくさいので、素直に答える。
煽ってきたらお仕置きする準備をしながら。
「そういやアンちゃん、お前2年生だろ? テスト勉強しなくて良いのか?」
なぜ人は、誰かをバカにするモノマネをする時にアゴをしゃくれさせてしまうのか。
そんな事を考えながら、遥の頭をがっちりとヘッドロックでホールドし、ギリギリと締めていく。
「やーいやーい、すぐに暴力に走る脳ミソつるつるザーコザー……あっ、ごめんなさい。そろそろ無理! 出ちゃうから! 耳からぴゅってナニカが出ちゃうから! アンちゃんらめぇ!!」
「お前一体どこでそんな言葉覚えてくるんだよ」
「アンちゃんの部屋にある漫画だけど?」
「えっ……」
瞬間、優斗の腕から力が抜ける。
力が抜けたタイミングを見計らい、遥がするりと猫のように腕から抜けていく。
遥の口にしたセリフがある漫画で、自分の部屋に置いてあるものといえば、R18ではないが、きわどいシーンがある作品ばかり。
とはいえ、とはいえだ。遥がきわどいシーンを理解していない可能性もある。勉強はともかく、見た目も中身もお子様なので。
「ニヤニヤ」
その可能性が潰えた事を、即座に理解する。
ここで下手な事を言えば、遥は口を滑らせるだろう。口を滑らせたが最後、彩音にそういう漫画を持っている事がバレる。
優斗君って、どんなえっちな本持ってるの? お姉ちゃんに見せて。などと言われれば致命傷ものである。
「きょ、今日はこの辺で勘弁しといてやる」
などと強がってみるが、敗北宣言でしかない。
「あー、今のヘッドロックで、ボク肩こっちゃったな」
「あっ、肩もみましょうか」
「ホントに、じゃあ腰と足もよろしく」
もはやそこまでやってしまえば、何かやましい事がありますといっているようなものである。
だが、それでもまだバレない可能性があるのなら、そこに賭けるしかない。少なくとも「アンちゃんの部屋にえっちな本があった」と言われない限りは、バレない可能性が0ではないので。
もっと優しくと言ったかと思えば、そこはもっと強くと暴君っぷりを見せる遥の相手をしつつ、チラリと彩音を見る。
もしかしたら、今のやり取りで何かを勘づかれたかもしれないと、不安を胸に。
もちろん、2人のやり取りを彩音はバッチリ見ていた。皿洗いをしながら。
なんなら、ちゃんと聞いてもいた。聞き耳を立てて。
そんな2人を見ていた彩音が、目が合うと同時に視線を逸らす。
(ま、まさか。えっちな本の事、言及されたりしないよな)
「あ、彩姉は前回のテストどうだった?」
話題を変えて誤魔化そうとする仕草が、優斗の必死さを物語る。
そして、その姿がどれだけ滑稽なのか、優斗は思い知る。
「そうだ。夕食のデザートに甘いものあるけど、優斗君も遥ちゃんも食べる?」
苦笑いを浮かべながら、必死に話題を変えようとする彩音。
よく見れば、先ほどから流し台で水が流れる音はしているが、洗い物が乾燥台に置かれていない。
それを見て優斗は確信した。彩音がこちらを見ていたのは、テストの話を振られないか心配だったからだと。