第20話「優斗君。私達一番前だよ。ラッキーだね」
開園前の遊園地は、人であふれていた。
休日、ましてや土曜日となれば当然である。
とはいえ、これでも大型の連休と比べれば断然マシなレベルなのだが。
「凄い人だね」
「そうだな」
あちこちから聞こえてくる子供の叫び声と泣き声、目の前に見える華やかな遊園地とは裏腹の光景に、思わず苦笑いを浮かべる。
閉じられた門の前に押し寄せる人々が、まるで助けを求めて天国の門に押し寄せる罪人のようだと思った。
これだけ人が多ければ、次の行動は決まっている。
人が一杯だから、はぐれないように手を繋ごう。
お決まりの展開、だが、お互いに右手をチラチラ見るだけでその一言が上手く出せない。
「本当に今日は人が多いね」
「まぁ、休日だからな」
結局、そんな会話をしているだけで時間が過ぎ、開園の時間を迎えてしまう。
開演前は人であふれかえっていたが、中に入ってしまえばそうではない。
広い園内をばらけるおかげで快適なくらいである。手を繋がなくても良いくらいに。
アトラクションへ向かう前に、弁当などの手荷物は一旦コインロッカーに預け、まず向かった先は、そう。
「やっぱジェットコースターだよな!」
「うん。やっぱりジェットコースターだよね!」
定番の絶叫マシーンである。
待っている間、ジェットコースターから聞こえてくる悲鳴。
そんな悲鳴が、優斗にとっては心地よかった。
(こんなもので皆が悲鳴を上げてくれるから、余裕を見せるだけで彩姉から男としての評価が上がる。楽勝だぜ!)
腕を組んで、余裕の笑みを浮かべる。
が、自分たちの番が近づくにつれ、笑みから余裕がなくなっていく。
(あれ、遠くから見た時はもっと遅かったのに、スピード上がってない? 故障じゃないの?)
遠くから見ている分には、余裕で目で追えるような速度であった。
それが近づいていくとどうだ。目の前を通り抜けたジェットコースターが目にもとまらぬ速さで駆け抜けていく。
速度だけでなく、ビリビリと駆け抜けた際の衝撃音が風と共に優斗の身体に直撃をする。
「あ、彩姉はこういうの好き?」
「うん。大好き。小学校の時以来だから、凄く楽しみ!」
もし漫画だったなら、「大好き」のあとにハートマークが付いていただろう。
「あのね優斗君。ここのジェットコースターってギネスにも登録されてるくらい凄いんだよ」
「へ、へぇ……」
嬉しそうにジェットコースターの知識を語る彩音。
彼女の言がジェットコースターに乗る事への強がりではなく、心の底から大好きなのがわかる。
分かるから言いづらい。やっぱやめようと。
もし彼女がビビっていたなら、やっぱり他のにしようかというエスコート風エスケープが出来た。
残念だが、目の前に居る姉は、ジェットコースターに釘付けである。
(そういや、彩姉ホラー映画見た時も、全然動じてなかったしな)
もはや「やっぱりやめない?」などと言える空気ではない。
言えば、優斗に配慮し、彩音は「じゃあ他のにしようか」と言ってくれるだろう。良く出来た姉なので。
だが、そんな情けなくてダサイ事を言うのは、優斗の男の沽券に関わる。散々年下の少女に甘やかされて弟扱いされている時点で、そんな物が存在するのかはかなり怪しいが。
(大丈夫。日本のジェットコースターは世界的に見ても安全性が高く、そもそも日本の建築技術は遡る事紀元前からその体系として完成されており)
必死に自分を宥める。
お化け屋敷だってそうだ。実際にオバケが居るわけじゃない。驚かせるだけだって分かりきっている。そんなのを怖がるなんて愚の骨頂。
ジェットコースターだって、新幹線に乗ってると思えば怖くなんかないさ。
出来れば自分たちの番が来る前に、故障したり、急に大雨が降り出して中止にならないかと祈るような気持ちで見るが、生憎の快晴。
そしてジェットコースターも、何一つ不備なく動いている。
(せめて、先頭じゃなければ!)
「優斗君。私達一番前だよ。ラッキーだね」
「えっ、マジで。最高じゃん!」
「うん。最高だね!」
もはや、笑いしか出なかった。完全に気分はヤケクソである。
ノリノリで「よっしゃー!」と言いながら乗り込み、始まる前から楽しみが抑えきれない子供の様に体を揺らす。
そんな優斗を見て、彩音はくすくすと笑う。前に遊園地に来た時、ジェットコースターに乗ろうと言ったら遥が本気で嫌がったために乗る事が出来なかったので。
動き出したジェットコースターがゆっくりと頂点へと向かっていく。
ドキドキで今にも天に昇りそうな気分の優斗と、ドキドキで今にも天に昇りそうな気分の彩音を乗せて。
頂点まで登ったジェットコースターが一瞬動きを止める。
(あれ、もしかして自分たちの時に限って故障した?)
優斗が気を緩めた瞬間を狙うかのように、一気に加速しジェットコースターは降りていく。
可愛い悲鳴と汚い悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。