第19話「さてと、それじゃあそろそろ行こうか」
それは夕食を終え、彩音が洗い物を始めようとしている時だった。
「彩姉。今度遊園地に行かない?」
「遊園地?」
ゴールデンウィークも終わり、時期は6月。
日によって寒暖差が激しくなるが、それ以外はイベントらしいイベントは何もない。
そんな何でもない日の何でもないタイミングで、唐突のお誘いに彩音が目をぱちくりさせる。
何故急に遊園地と言い出したかは分からないが、遊園地に誘われた事自体は嬉しいので、二つ返事でOKを返す。
「それじゃあ、今度の土曜とかどうかな?」
「うん、良いよ。そうだ。遥ちゃんも一緒に行く?」
声を弾ませ、リビングでソファに寝転がりテレビを見ている遥に声をかけるが、遥は手をプラプラと振って返事をする。
「あー。悪いけどその日は新作の発売日だから、ボクはパス」
興味無さそうに答える遥に対し、彩音も優斗も「そっか」と言う程度で特に反応をしない。
彼女がお出かけの誘いをゲームやアニメの為に断るのを、普段から割とある事なので。
どこの遊園地に行くか、お弁当作るから食べたい物があったらリクエストしてね。
興奮し過ぎないように、ゆっくりと、まるで小さい子供にお話しするかのように、お姉さんぶってみる彩音だが、溢れ出るワクワク感は抑えきれていない。
だが、そんな事はあえて指摘する事なく、弟を演じる。
ここまで素直に喜んでくれれば、誘った側も嬉しいというもの。
遊園地の情報を調べようと、優斗がスマホを取り出すと、洗い物の途中である事を忘れスマホを食い入るように見入る。
ある程度予定が決まり、ご機嫌な鼻歌交じりに洗い物を再開する彩音。
上機嫌な今がチャンスと、こっそりと遥が戸棚からおやつを取り出そうとするが、そうは問屋ならぬ彩音が許さない。
さっきご飯食べたばかりでしょと叱られると、軽く「チッ、バレたか」と舌打ちをしながらソファまで戻っていく。
それから翌日も、翌々日も彩音はご機嫌だった。
ご機嫌に乗じ、こっそりと食後におやつを食べようとする遥に対し叱りはするが、代わりに風呂上がりにアイスを用意しているのを見て、思わず苦笑が漏れたりした。
そんなこんなで迎えた土曜日。
待ち合わせに早く着いた彩音が、チャラい男たちにナンパをされる。なんて事件は当然起こらない。
いつも家に来ているのに、わざわざこの日だけ別の場所で待ち合わせをする意味がないので。
いつものように優斗の家に来て、お弁当を作る。余った具材は、前日のあり合わせと一緒に朝食に。
「あれ、優斗君朝からお風呂?」
「昨日の夜は暑くて寝汗かいたからね」
「そうなんだ」
昨日の夜は、別にそんなに暑くなかったけどなと思いつつも、特に言及する事はなくお弁当作りを再開する。
洗面台で服を脱ぎ、風呂場に入りハンドルを回し、シャワーを浴びる優斗。
普段から朝シャンをする習慣はないが、今日は彩音と一緒にお出かけ。なので、気をつかってである。
本当は彩音が来る前に済ます予定だったのだが、時刻はまだ7時を過ぎたばかり。
楽しみにし過ぎた彩音が早く来たので、シャワーを浴びるタイミングがなかったのだ。
念入りに頭も体も洗い、着替えるのは彩音に選んで貰ったお出かけ用の服。
遊園地へは、バスと電車を乗り継いで1時間半ほど。なので時間はまだまだたっぷりとある。
ゆっくりとした朝食の時間を過ごし、お弁当の準備も出かける準備も、なんなら片付けももう終わった午前8時。
「さてと、それじゃあそろそろ行こうか」
「ちょっと早くないかな?」
そういう彩音だが、先ほどから何度も時計を見てはソワソワを繰り返している。
早く行きたいのがバレバレである。
「ちょっと早いけど、時間的に開園してるし大丈夫だろ」
「そっか。うん。そうだね」
優斗君は、早く行きたくって仕方がないんだなとお姉さんぶった態度を取ってみるが、優斗から見れば自分をダシにして楽しんでいる姉そのもの。
まぁ、それで楽しんでくれるのならそれで良いさと軽く笑みを浮かべる。
財布、荷物、火の元と戸締りをお互い確認しあい、仲良く揃って家を出た。