第18話「昔の優斗君はこんなに小さくて可愛かったのに」
「む、むむ」
昼食の済んだ午後の昼下がり。キッチンの上にある、調理器具をしまうための棚。
そこで彩音が背伸びして必死に手を伸ばして鍋を取ろうとするが、ギリギリ届かない。
ギリギリ具合が微妙な塩梅で、踏み台とかを取ってくるほどには思えないが、手を伸ばしてもギリギリ化する程度の距離である。
「彩姉、どうしたの?」
流石にキッチンでつま先立ちをして唸り声を上げていれば、不自然な事に優斗も気づく。
ゲームを一度中断し、彩音の元まで近づくと、彩音が困ったように眉を下げながら答える。
「ちょっと棚の上にあるお鍋に手が届かなくて」
「なるほど」
爪先立ちをする彩音の横に優斗が並び、手を伸ばし、その鍋をひょいと掴み、そのまま引っ張って取りだす。
「ほい」
手に取った鍋を手渡す優斗だが、彩音はどこか浮かない表情を浮かべる、もしかして、違うのを取ってしまったかと焦るが、それは杞憂に終わる。
「気づいてたけど、やっぱり優斗君の方が、お姉ちゃんより身長高いんだね」
「そらそうだ」
別に彩音自身の身長が低いわけではない、どちらかと言えば、女子の中では高い方である。だが、あくまで女子の中では。
一般的な成長期の男の子の平均身長はある優斗と比べれば、低いのは当然である。
「そういえば、昔は彩姐の方が身長高かったんだよな」
何を当たり前の事をと思ったが、昔は彩音の方が身長が高かったことを思い出した。
彩音の事を年上だと思った理由の一つでもある。あの頃は優斗もまだ身長が伸び悩んでおり、逆に彩音は早めにきた第二次成長期で身長が同世代と比べて高い方であった。まぁ比べる相手がいなかったので、自分の身長が高い方だと知らず、それが原因で彼女も優斗を年下と勘違いする事になったのだが。
「昔の優斗君はこんなに小さくて可愛かったのに」
「そこまで低くねぇよ!?」
宙に置いた手が、腰より下に置かれていることに即座に突っ込む優斗。
それだと身長が1メートルもなくなってしまう。確かに当時は彩音を見上げる形だったが、それでもそこまで低くないと。
そんなツッコミに「えー、そうだったかな?」とくすくす笑いながら、彩音はおどけて見せる。
「あんなに可愛かった優斗くんが、こんなにも大きくなっちゃって。お姉ちゃん悲しいわ」
「はいはい。もう可愛くない弟です」
「ふふっ、そんな事ないよ。可愛い可愛い」
ちょっとだけ見上げながら、優斗の頭を撫でる。
事あるごとに優斗の頭を撫でたがる彩音。もしこれが本当の姉弟だったのなら、思春期の優斗はうざがっただろう。
だが、本当の姉弟ではない微妙な関係性。だからだろう。
この姉を自称する少女に頭を撫でられるのは、優斗は嫌ではなかった。
なんなら、ちょっと嬉しいまである。
「彩姐。他に何か手伝うことある?」
「そうねぇ。それじゃあお姉ちゃんの手が届かないところにあるものを取ってもらおうかな。今日は色々と配置を変えようかなって思ってるの」
「なるほど。それくらいお安いご用だぜ」
なので、優斗は事あるごとにお手伝いを申し出て、彩音も最近はその申し出を素直に受け取るようになっていた。
頭を撫でたい、撫でられたいという、お互いの利益が合致したので。