第16話「優斗君、童貞じゃないの!?」
お姉ちゃんと一緒に寝よ。だと!?
雷に打たれたような衝撃が体中を駆け巡る。
微かに赤らむ頬。雫が落ちたかのように潤んだ瞳。「だめかな?」などと上目遣いをされて断る選択肢などない。
「ま、まぁ彩姉がどうしてもって言うなら」
「うん。どうしても、かな」
一緒に寝る程度でそんな嬉しそうな顔をされれば、一周して恥ずかしくなってくるというもの。
そこまでいうならと強がってみる優斗だが、恥ずかしさから目を合わせられず、斜め上の方向を見ながら後ろ頭を掻く。
「アンちゃん。くれぐれもスケベな事はしちゃダメだぜ」
「当たり前だ」
「ふっ、どうだか。男は狼って言うからね」
両手を組みながら「おーこわいこわい」と煽り始める。
ゲンコツを頭にお見舞いしたいところだが、ここで乗っかてしまうと、下心が疑われかねない。
ムキになったり、必死に弁明する方が怪しく見える。なので、出来るだけくだらないと言いたげに大きいため息を吐く。
「あーはいはい」
適当に遥の頭をポンポンと軽く叩き、後はスルーである。
ムキになって優斗へあれこれ言ってみるが、暖簾に腕押し、まるでそよ風に揺れる柳のようにのらりくらりと交わされるだけ。
じゃれあう様子を、少しだけ微笑ましく見ていた彩音だが、ふと時計に目をやると時刻は12時前。
「はいはい。優斗君も遥ちゃんも、そろそろお布団敷いて寝ましょうか」
「もうこんな時間か、そうだな」
リビングの小さなテーブルを退かし、布団を敷くスペースを開ける。
普段彩音と遥が泊まる時は、ここで布団を敷いて寝ている場所。
今日は小さなテーブルを、いつもより奥へと追いやる。優斗の布団を敷くスペースも確保するために。
「布団なら、お姉ちゃんのお布団で一緒に寝れば良くない?」
「良くない!」
一緒に布団で寝たら、良い匂いがするんだろうなとか、不意に体が触れても事故だし、彩姉なら絶対に許してくれる。
なので、それはとても魅力的な提案であるのだが、素直にその提案を受け入れる事は出来ない。
彩音の後ろで「おっ、スケベな顔してるねぇ」と言わんばかりに遥がニヤニヤした目で見ているので。
先ほどスケベをクールに否定しておきながら、「わーい、一緒のお布団で寝る」などと言おうものなら、鬼の首を取ったかのようにウザ絡みをされるのが目に見えている。
だから、非常に心苦しいが、断腸の想いで一緒のお布団は拒否しなければならないのだ。非常に心苦しいが!
なおも「えー、お姉ちゃんと一緒に寝ようよ」と言ってくる彩音に「流石にそれはダメだって」と、心にもない言葉を口にする。
血の涙がもし流れるとしたら、こういう時なんだろうなと思いながら。
そして、布団を持って戻ってこれば、窓際にある彩音の布団とリビングの入り口側にある遥の布団の間に、これまた綺麗に真ん中にスペースが空けられている。
「まぁ、良いけどさ」
特に突っ込む気はない。
この配置なら、深夜にトイレ行きたくなった時、踏みつけてしまっても遥だからいっか程度に考えていた。
「ねぇねぇ、部屋の明かり小さいのだけ付けてトランプしよ!」
「しねぇよ。寝ろ!」
「えー、それじゃあ恋バナは? アンちゃんって恋人……ごめん、居るわけないよね」
「布団ごと簀巻きにして、庭にほおりこんでやろうか?」
「えー、お姉ちゃんも気になるな。優斗君、彼女さんとか居たりするの?」
「ぐっ、いや、それは……」
思春期の女子というのは、恋バナが大好物。
一度その手の話が始まれば、彼女いない歴=年齢というのがばれてしまう。
そもそも彼女どころか女友達もいないし、女の子と手を繋いだ経験もない。
それを素直に言えるほど、優斗にプライドがないわけでもない。
なので、そっとスマホを手にする。
「あーそうそう。こういう時、童貞って猫の画像とか出して誤魔化したりするらしいよ」
「どどど、童貞ちゃうわ」
童貞という単語に、思わず反応してしまう優斗。こっそりスマホを枕元に戻しながら。
「優斗君、童貞じゃないの!?」
電気を消して真っ暗だが、それでも彩音が上半身を勢いよく起こしたのが分かるレベルでバサっと音がする。
思った以上の反応に、優斗も遥も困惑である。
「いや、今のは言葉の綾っていうか、ほら、言葉の綾、彩姉なだけに言葉の綾ね、なんちゃって」
「それで、優斗君は童貞じゃないの!? どうなの!?」
「えっ、いや、その。童貞です。見栄を張りました」
「そっか、そうなんだ……」
自分の中で渾身のギャグのつもりだったが、全く相手にされず、詰められ思わずぼろが出てしまう。
彩音に詰められうろたえる優斗を、遥は弄ろうとしない。彩音の豹変っぷりが怖かったので。この話を続けるとまた彩音がおかしくなりそうなので。
「お姉ちゃん、優斗君が不順異性交遊してるのかと思っちゃった」
「そ、そんなわけないだろ」
暗闇の中だというのに、確かに感じる圧。
目の前で、彩音が自分をジーっと見つめているのではないかと思えるような恐怖がそこにあった。
「そろそろ寝ようぜ」
「うん。そうだね」
なので、もう今日は寝ようと促し、目を瞑る。
彩音はもう寝たのだろう。ほどなくして、隣から一定のリズムですぅすぅと聞こえてきた。
自分ももう寝ようと思い、しばらく目を瞑ったり、寝返りを打ってみたりする優斗だが、なかなか寝付けない。
先ほど見たホラー映画の影響か、ちょっとした物音に思わずビビってしまう。
洗面台から落ちる水滴の音に、思わずビクつく。
(今のは水が落ちた音だ。廊下から時折聞こえてくる音だって、きっと遥が寝返りを打って布団が擦っただけだろ)
小さな物音は普段からある。
だが、ホラー映画を見た後だと、そういったどうでも良い音全てが意味のある音に思えてきてしまうのは、誰もが経験があるだろう。
もしかして、ナニカがゆっくりと近づき、今まさに目の前で顔を覗き込んでいるような不安感。
「すぅ……」
(今、確実に顔に空気が当たった!)
もしかしたら、窓がどこかちょっとだけ空いていて、隙間風が入ってきただけだろう。
目の前で見つめられてるのだって、きっと自分がそう感じているだけ。
分かっていても、目を開ける事が出来ない。もしソコにナニカが居て、もし目が合ってしまったら。
しかし、人間というのは恐怖を感じれば感じるほど、見たくなってしまうものである。
ゆっくりと、薄目を開けるとそこには……。
「ッ!!」
「アンちゃん」
眼前に広がるのは、遥の顔だった。
思わず悲鳴を上げそうになった優斗だが、なんとか声を出さずに堪えれた。というか何となく予想がついていたので。
予想はついていたが、もしかしたらバケモノが「アンちゃん」と言って目の前に居る可能性もあったから怖かった。というのは彼の名誉のために黙っておこう。
「……トイレ、ついてきて」
「なんてベタな奴だ」
バカでかいため息が出たのは、言うまでもない。
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