第14話「ほら、早くゴロンして」
金曜の夜。
優斗が風呂から上がると、リビングではソファの上で、遥が溶けていた。
いや、実際に溶けているわけではない。彩音に膝枕と耳掃除が気持ち良すぎて、とろけるような笑顔で「は~、幸せ」と呟いている。
彩音と遥がパジャマ姿な事に、ツッコミはない。休日前になると泊まって行くのは既にいつもの事になっていたので。
「あぁ、良いよぉ。気持ち良い、ソコソコッ!」
「えっ、コイツ耳掃除してもらう時、いつもこんな感じなの?」
「うん、そうだよ」
苦笑いを浮かべる彩音だが、そんなのは目に入っていないのか「うひょー、最高だね!」と気持ち良さそうによがる遥。
そんな遥を心底気持ち悪いなと思いながらも、それより「優斗君も、お姉ちゃんが耳掃除してあげるからおいで」と言われないか期待してしまう。
流石にそれはやりすぎだろうが、もしかしたらワンチャンあるかもしれない。
なので、興味のないニュースを見ながら、適当に「ほーん」とか反応をして、存在アピールに努める。
「はい。終わったよ」
「ふぃー、生き返った気分だよ」
膝枕から顔を離すが、いまだ夢心地といった様子で、口をあけっぱなしにしたまま幸せそうな笑みを浮かべている。
そのまま、優斗に近づき、綺麗になった耳を「どうよ」と見せびらかす。があいにく優斗の視力は2.0。離れた位置から耳の穴が綺麗かどうか分かるわけがない。
「遥、ここからじゃよく見えん」
「そんなに彩音ちゃんに綺麗にして貰ったボクの耳が見たいの。しょうがないにゃ~、良いよ」
などとふざけたことを口にして耳を近づければ、当然オチは決まっている。
「わっ!!」
本気でこうなる事を予想してなかったのか、両耳を押さえ、ブリッジをしながら「オー、ノー」と叫びのた打ち回る。
「わはは。グフッ」
そして、そんな風に遥を指をさして笑っていれば、仕返しが来るのも当然である。
優斗のみぞおちに、遥の蹴りが綺麗に決まり、涙目で屈んだ瞬間に耳を掴まれて「わっ!!」と大声のコンボ。
「こ、このやろぉ~!」
「やんのか!?」
小学生のようなケンカを繰り広げる2人を見て、大きなため息を吐き、「めっ!」をする。
深夜というわけではないが、既に夜の時間帯なのだから、近所迷惑この上ない。
2人仲良く正座をさせられて、お説教。ここで「でも遥(アンちゃん)が」などと言い訳を口にしようものなら、お説教は長引いてしまう。
なので、大人しく、ハイと答えるほかない。
「全く、もう」
腰に手を当て、怒ってますのポーズを決めていた彩音が、ため息を吐くとソファに座る。説教終了の合図である。
心の中で「やっと終わった」と叫び、伸びをしながら立ち上がる。
「優斗君」
「はい」
そして、また正座する。
完全にお説教終了モードだと思い、立ち上がったのにまだ何かあるのかと。
残念な事に、思い当たる節は色々あるせいで、何も言い返せない。
「あっ、お説教はもう終わりだから良いよ」
「そうか」
じゃあなんだろうか。少しの期待を背に、立ち上がる。
そして太ももをパンパンと叩く彩音。
「おっ、良い音だな!」
「違うでしょ!」
彩音が何を言いたいのか分かっている。
それは優斗が期待していたものに他ならないから。
「ほら、優斗君もお姉ちゃんが耳掃除してあげるから!」
それはつまり、彩音も太ももに、頭を置いて良いという許可。
そんな魅力的な提案に乗らないわけがない。しかし、素直になれるほどの女性経験などない。
姉と弟と言いながらも、行動がエスカレートしている自覚はある。
だから、ここいらで理性を働かせ、きちんと断るべき。
だが、理性など、彩音の「ほら、早く」という言葉と太ももを叩く音の前では無力なのだ。
ソファで横になり、恐る恐る彩音の太ももに頭を乗せようとして、優しく掴まれる。
掴んだ手で、頭を太ももに誘導をすると、良い子良い子と軽く頭を撫でてから、耳掃除が始まった。
思ったよりも柔らかい感覚に、頭が埋もれていく感覚を覚える。
パジャマ越しでもはっきりとわかる、彩音の太もも。
柔らかいだけじゃない。微かに香るボディソープが感触だけでなく、嗅覚にまで刺激を与える。
(落ち着け。素数だ。素数を数えるんだ。そもそも素数ってなんだ!?)
ただでさえ心地が良いのに、耳の中をゆっくりと掻きまわされ、こそばゆい感覚と気持ちの良い感覚が同時に押し寄せる。
先ほど遥を心底気持ち悪いと感じていたが、今ならその気持ちが分かる。分かってしまう。
とはいえ、そんな痴態を堂々と晒せるわけもない。必死に気を張る。
「あっごめん。痛かった?」
「いや、そんな事ないよ」
それでも押し寄せる快楽に抗えず、時折ビクっとなってしまう。
心配そうに見つめる彩音の顔を見る余裕などない。
TVから流れる面白くもないニュース、だが、今の彼にとってそれが心の拠り所。
もしここで、変な声を出したりしたら、それはもう取り返しのつかないレベルの失態になる。
だから、少しでも気を紛らわそうとするが。
「ふぅ」
「おっふ」
残念ながら、人類はまだ美少女から不意打ちの「ふぅ」に耐えられるように出来てはいない。
思わず声が出てしまい、今更のように口を抑えるが時すでに遅し。
ここで振り向けば、彩音がゴミのような目で自分を見ているかもしれない。
気持ち悪いと言われるかもしれない。いや、言われるだけならまだマシだ。何も言わずに立ち去られたらどうしよう。
「うふふ。良いんだよ」
そんな気持ちを見透かしたように、彩音は笑顔を向ける。
別に声が出たところで、彼女は気にしていないように、というか実際気にしていない。
もっと酷い例が居るので。なので、気持ちよくって、思わず声が出ちゃったんだねとしか思っていないのだ。
「頭が動きそうだったら、お姉ちゃんの足を掴んでても良いからね」
凄く魅力的な提案をして、耳掃除が再開される。
掴みたい。口を押えた手を数センチ動かすだけでそれは出来る。
だが、優斗にそれをする勇気があるわけもなく、時間切れ。耳掃除が終わってしまう。
「それじゃあ。反対側ね」
「……えっ?」
今は彩音の太ももに頭を乗せてTVを見ている。
それを反対にすると言う事はどういうことか。
つまり眼前に彩音のお腹、鼠径部、胸が広がるのだ。衣類越しに。
「ほら、早くゴロンして」
自ら彩音の太ももを掴む勇気はないが、促されれば喜んで流されてしまう。
反対側を向くために寝返りをする際に、彩音の大きなふくらみが、そこから見える彩音の笑顔。
優斗は理解する。
あぁ、そうか。日本人が初日の出を何故ありがたがるのか。富士山を何故ありがたがるのか。
2つのお山から見えるご尊顔。そう、これぞ日本の夜明け。
歓喜に震える優斗。
後日、耳掃除してもらっていた様子を収めた動画を遥に見せられ、別の意味で彼はまた震えていた。
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