第13話「優斗君。お姉ちゃんも買いたい物があるんだけど、付き合ってもらって良いかな?」
「優斗君これ似合うんじゃないかな? あっ、こっちも良いかも!」
女性との買い物は時間がかかる。服を買いに行くなら尚更。
漫画やゲームなどでよく聞く話なので、優斗はある程度、前知識としては知っていた。
だが、それにしてもそれにしてもである。
服を買おうと言ってから、既に2時間が経とうとしていた。
いまだに1着も買っていない。店を変えては着せ替え人形にさせられ次の店を周るの繰り返し。
インナーやアウター、パンツだけでなく靴下や靴。果ては下着まで選ぼうとする始末。
流石にお疲れ気味ではあるが、優斗はそれを顔に出さないように努める。
普段から家事全般をやってくれているのだ、服選びに数時間付き合ったとしても釣り合いが取れないくらいだ。
それに、真剣な顔で服を選び、良いと思ったものが見つかったら最高の笑顔で「優斗君。これ着て見て!」という彩音を見て、そんな態度を表に出せるわけがなかった。
まぁ、それはそれとして、トランクスを手に「これとかお姉ちゃん似合うと思うけど、どうかな?」は恥ずかしいのでやめて欲しいと思った。
恋人同士なら、それもありだろう。だが「お姉ちゃん」という単語が出るたびに、微笑ましく見ていた店員の顔が「ん~?」と曇っていく。
彩音はどうか分からないが、優斗はそんな店員の様子に当然気づいている。
「下着よりも、シャツとかズボンのような分かりやすモノを先に揃えたいな!」
「そお? う~ん……そうだね。まずは服を揃えたいって言ってたし、今日はそっちの方が良いかな」
それからまた何店舗か回り、着せ替え人形にされること1時間。
安い量販店で季節問わず着まわせそうなTシャツ3着にズボンを2着。
春と秋で使えそうなアウターを1着購入し、長かった服選びもようやく終わりを迎える。
試着室で早速購入した服に着替え、ダサい中学生から普通の高校生っぽい格好になった自分に少しだけ興奮を覚える。
実際は普通どころか、ちゃんとセンスのある姉が選んだ物なのだからそれなりに良い感じになっているが、ファッションに疎い優斗にはそこまでは分からない。
「彩姉ありがとう!」
「どういたしまして。男の子の服を見て選ぶのはお姉ちゃんも楽しかったから、また来たいな」
「そうだな」
服を選ぶのに3時間は、ファッションにそこまで興味ない人間としてはキツイものがある。
だが、彩音に対してそれ以上の恩がある。その恩を少しでも返せるのならこの程度、屁でもない。
それに、おしゃれな感じになれるのはそれはそれで嬉しいので。
とにかく、これで服は買い終わった。
思った以上に時間がかかったが、後は食材を買いに行くだけ。
「優斗君。お姉ちゃんも買いたい物があるんだけど、付き合ってもらって良いかな?」
「ん。全然かまわないぜ?」
「そっか。ありがと~」
自分の服を選んで貰っておいて、彩音の買い物に付き合わないわけがない。
何も考えずに二つ返事をした優斗だが、即座に後悔する事になる。
なぜなら、連れて来られた場所はランジェリーショップ。いわゆる女性向けの下着屋である。
「彩姉?」
「最近サイズが合わなくなって、新しいのを買おうかなって思ってたんだ」
「彩姉?」
「優斗君も選んでくれるなら、お姉ちゃん助かっちゃうな」
「彩姉!?」
抗議の声を完全に無視し、ニッコリと小悪魔のように笑顔を浮かべる。分かっている笑顔である。
分かった上で言っているのだから、タチが悪い。
そして、更にタチが悪い事に「優斗君のお買い物には付き合ったのになぁ」などと言われてはもうどうしようがない。
ド級の溜め息を吐いて、彩音と共に入店する。
一歩ごとに地に足がついていないような感覚を覚えながら、彩音の後を俯きながらついて行く。
周りを見ないようにしてみるが、それでも女性物のショーツが目に入り気まずくなる。
(優斗君ってば、顔を赤くして可愛い)
ちょっとしたイタズラ心で連れて来たのだが、あまりに初々しい反応を示す優斗をみて余計にイタズラしたくなる。
「優斗君。お姉ちゃんはどっちが似合うと思う?」
手に持った2種類のブラとショーツのセットを見せ、恥ずかしそうにする優斗に質問を投げかける彩音。
それをまじまじ見るわけにもいかないが、ここで適当に答えても「ちゃんと見てる?」と言われるのが目に見えている。
「彩姉は普段から大人っぽいし、おっとりしてるから。逆に可愛い感じのが良いかな、と思う」
「えっ、可愛い。あ、うん。そっか。可愛い感じか」
もうちょっと照れてくれるかと思ったが、不意に出た「可愛い」という単語に逆にドキっとしてしまう。
大人っぽいと言われる事は良くあった。普段から友達とかにも「こういうの似合うんじゃない?」と言われて見せられるものは、可愛いから程遠い物が多い。
だから、可愛いは自分には似合わないと思っていた。
(もし可愛い感じにしたら、優斗君似合うって言ってくれるかな?)
前に見た時に、自分が着ても似合わないだろうと諦めて購入しなかった下着。
白とピンクを基調としたデザイン、試着室で着て見たものの、鏡に映る自分は似合ってるように思えない。
(ここでカーテンを開けて「可愛い?」って聞いたら、優斗君可愛いって答えてくれるかな……)
震える手でカーテンに手をかける。
「優斗君」
「ん? どうしたの?」
カーテンから、顔を出した彩音。
結局、開ける勇気は出し切れなかった。
「お姉ちゃんには可愛すぎると思ったんだけど、優斗君はどう思う?」
そんなのは、試着している姿を見なければ分かりようがない。
もちろん、そんなこと思っても口に出せるわけがない。
「彩姉は可愛いのも似合うと思うから、良いと思うけど?」
そもそも、似合うかどうかの感想が欲しいのではない。
買う口実が欲しいから、そう聞いて来たのだろう。なので、そっと背中を押す。
「そ、そっか。それじゃあ買っちゃおうかな」
サッと試着室に戻る彩音を見て、安堵のため息を吐く。これでやっとここから解放されると。
だから優斗は気づいていなかった。彩音が顔を真っ赤に染め上げている事に。
少しだけ着替えに時間がかかったが、無事購入し、店を出た。
食材を購入して、いつもより言葉少なに帰路へ着く。
男女2人で仲良く出かけ、お買い物。
これはデートかと言われれば、デートではない。
2人はまだ、姉と弟の関係だから。
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