第11話「彩姉、今度一緒に買い物に行かないか?」
それは、当たり前且つ、当然の話だった。
「そういえば、家の事して貰ってるって聞いたけど。実際どれくらいやってもらってるんだ?」
昼休憩の時間、いつものように田中が勝手に席を拝借し、向かい合わせで弁当を食べている時の何気ない会話。
優斗の食べている「お姉ちゃん特製弁当」をチラリと見た田中が尋ねる。
「えっ、全部だけど?」
「全部って、料理洗濯掃除全部か?」
「そうだぞ」
当たり前のように返事をする優斗に対し、田中がコイツマジかとジト目で見てしまうのは仕方がない話である。
姉だとか、年下だとかそういったものは一旦置くとして、幼馴染とはいえ他人だ。
そんな相手に家事全て丸投げは怠惰が過ぎる。
「いや、だって彩姉手伝おうとすると『お姉ちゃんがやるから』と言って聞かないからさ」
『めっ!』されるから、とは流石に言えないので、表現を変える。
が、論点はそこではない。
「だってじゃねぇよ。お前は子供か。それなら相手が納得するような言い方の一つや二つくらい考えろよ」
田中があまりに正論過ぎて、むぅと唸り声を上げるしか出来ない。
確かに彩音に言われるからとか、弟になるためとなどというのは、結局のところはめんどくさいを棚上げにしてただけ。
それに、弟になるといっても、自分の方が年上なのだから。
「サンキュー渡辺」
「だからこういう時だけ本名になるなって」
どうでも良さそうに昼食を再開する友人を見て、そうだな、俺も頑張らないとなと意気込む。
が、その意気込みも、帰宅する頃には霧散していた。
「そもそも、何をすれば良いのかわからん」
帰ってすぐ、家に入り前に庭を眺める。
干したばかりの衣類が、風になびいてゆらゆらと揺れている。
以前彩姉の手伝いをしようと取り込んだ時は、適当に取り込んで結局シワだらけになってしまったのは記憶に新しい。
ここで洗濯物を取り込んだところで、彩音の仕事が増えるだけ。
、仕方がないのでそのまま家に入り、リビングを眺める。
きれいに掃除された部屋を見て、もしここで掃除をしようものなら、彩姉は部屋が汚れてると遠回しに言われたと思ってしまうかもしれない。
台所に立ってみるが、そもそも調理器具がどこにあるか、何があるか、どうやって作れば良いか分からない。
「なるほどな」
などと軽く呟き、結論にたどり着く。
自分には生活能力が皆無だと。
とはいえ、ここで諦めれば田中に同じ話題を振られ「出来ませんでした」と答えるしかなくなる。
田中に笑われるのは癪だが、それ以上に、何も出来ない自分に対してはもっと腹が立つ。
せめて一つでも良い、何か手伝えることはないか。焦りの表情を浮かべ、周りを注視する。
(あっ、そういえば!)
「ただいまー。あれ、優斗君どうしたの玄関で?」
「彩姉、今度一緒に買い物に行かないか?」
「買い物? 優斗君何か欲しいのあるの?」
「そうじゃなくて、ほら、食材とか買って来るだろ?」
「うん。あっ、もしかしてお姉ちゃん作って欲しいものがあるとか?」
「あー、うん。それにほら、荷物が一杯になると重いだろうから、せめて荷物持ちくらいは彩姉の手伝いしたいなって思って」
普段から母親が買い物に帰って来たら、玄関口で大声で名前を呼ばれ、買い物袋を持つのを手伝わされることを優斗は思い出した。
無駄に重い荷物を手に「買い込み過ぎじゃないか?」などと愚痴ったりしていたが、もし母親が買っている量が普通なら、それを彩音一人に持たせている事になる。
その事を言えば、多分彩音は「大丈夫。お姉ちゃんに任せて」と言うだろう。
なので、お姉ちゃんに料理を作って欲しい、それとお手伝いもしたいという、弟のお願いという体を取った。
そこまでされては、彩音も強くは言えない。
「そっか。そうだね。荷物が多いと大変だから、優斗君に手伝ってもらおうかな」
「おう。彩姉の為なら、コメの10キロや20キロだって平気で持てるぜ」
「うんうん。頼りにしてるね」
ありがとねと短くお礼を言って、優斗の頭を撫でる。
自分のためにやってくれている事だし、家事全部丸投げしてるのだからお礼を言うのは俺の方だ。
だが、それを言えば、彩音は変な意地を張ってしまうだろう。なので、大人しく彩音が満足するまで頭を撫でられるのであった。