第10話「そういや、彩姉は今日遅いって言ってたっけ」
「おー、アンちゃん今帰り?」
本日の授業が終わり、放課後。
特に部活に所属していない、いわゆる帰宅部である優斗が校門を抜けようとした時だった。
背後から声をかけられ、振り向くが、声の主が見当たらない。
自分の事をアンちゃんなどと呼ぶ人間は一人しか思い浮かばず、キョロキョロと探してみるが見つからず、首をかしげる。
「目の前にいるだろ!」
「悪い悪い。髪下ろしてたから、気づかなかったわ」
普段はツインテールにしている髪を、今は下ろして真っ直ぐなロングヘアにしている。
というのも、今朝優斗がツインテールをほどいた上に、髪をグシャグシャにしたのが原因である。
朝の登校直前だったために、髪をとかすのが精いっぱいだった。
そして、遥のツインテールは普段から彩音がやっている。なので自分では上手く結べない。
彩音のクラスに行って、「やってー」と言うのも出来なくはないが、流石に妹のクラスに行って髪を結ってもらうのは遥といえど恥ずかしい。
なので、そのままだったのだ。
「誰のせいだよ! 誰の!」
「知らん! 少なくとも俺のせいではないな!」
「うぜぇ!」
ドゥクシと、どこかで聞いた事のある擬音を口にしながら、遥が突きを繰り出す。
脇腹を狙った突きだが、そんなものはお見通しと言わんばかりに、全ての「ドゥクシ」を腕でガード。
「ってか、地味に痛ぇからそろそろやめろ!」
「そんなの、ボクの指だって痛いわ!」
「だったらやめろよ!?」
お互いにダメージを受けるが、それは何も物理的ダメージだけではない。
クスクスと笑いながら、横を通り抜ける生徒たち。
どこからどうみても、校門の前で男女、言ってしまえば恋人同士がイチャイチャしてる状況にしかみえない。
「……帰るか」
「うん……」
周りがクスクスと笑っている事に気づき、やっと冷静さを取り戻した優斗と遥。
顔を赤らめ、気まずそうに歩き出す。
「遥は、部活やってないのか?」
「あー、うん。ほら、3年生だから、今更入ってもね」
「そっか、3年生だったな」
運動部に入ったところで大会に出られるわけでもないし、夏に引退する事を考えたら3ヶ月程度しかない。
入部するのは今更過ぎる。
それなら文化部はと思ったが、じっとしてられない性格の遥に入れるところなんてないかと勝手に納得する。
「アンちゃんこそ、部活に入らないの?」
「興味ない」
「そっか。アンちゃん協調性なさそうだしね」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう」
このクソガキがと、遥をヘッドロックし拳骨をぐりぐりさせる。
痛い痛いと言いつつも、ゲラゲラ笑う遥。
彩音に対し、年下なのにお姉ちゃんと言ってる事を変に思っている優斗だが、彼も大概である。
年上の遥に対し、年下のように扱っているのだから。
「ただいま」
仲良く帰宅し、即座に「お前は家に帰って着替えてからこい」と優斗が当然のツッコミを入れる。
口を尖らせながら、帰路につく遥を見送り、部屋へと戻り、着替え、そしてリビングでTVを付けてだらだらと過ごし始める。
「そういや、彩姉は今日遅いって言ってたっけ」
優斗や遥は特に部活動に入る気も入る予定もない。
だが、1年生の彩音は、あちこちから声掛けをされている。
彩音本人は特に部活に入る気はないのだが、面倒見が良いのと、頼られると嫌と言えないお姉ちゃん特性により、こうして時折部活の見学や体験に行ったりしていた。
そんな時の為に、彩音も普段から冷蔵庫に作り置きをしている。
スマホを確認すると「今日は遅くなるから、冷蔵庫にあるものをチンしてね」と連絡が来ている事に気づき、腰を上げ冷蔵庫を漁り始めた。
傷みやすいものから食べようと思った優斗だが、正直どれが傷みやすいかなどサッパリわからない。
わざわざメッセージで「どれから食べた方が良い?」と聞いて彩音の手を煩わせるのも良くないし、そんな事すら自分で出来ないのかと思われるのは癪である。
なので、適当に食べたい物を選び、適当にレンジで温める。
「アンちゃん。お腹空いた!!」
「己は家で食え!!」
彩音が遅いのだから、自分の家で食べれば良いものを、わざわざなんで家まで来ると突っ込む優斗。
だが、そんな事を言われて引くような相手でない事を知っている。
優斗のツッコミに「細かい事は言いっこなし」と、冷蔵庫にあるものを取り出し、勝手に温めだす。
作り置きは沢山あるし、下手に残した結果、傷んでしまい捨てるのはしのびない。
なので、ツッコミを入れつつも、遥の行動を特に咎めず、共に食卓を囲む。
今日学校で何があったか、どこかの誰かさんのせいで髪がうっとおしかっただの、他愛無い会話が弾む。
そして、食後に始まる2人の秘密の宴。
「ポテチ!」
「コーラ!」
「「ゲーム!!」」
普段彩音が家に居る時は、食後にお菓子を食べようものなら物凄い剣幕で叱られる。食前に食べようものなら、それはもう恐ろしいほどに。
そしてご飯を食べたら、TVを見るくらいは許されるが、それでも「宿題はやったの?」と口うるさく言われるのだ。
だが、今日みたいな日は彩音が来ないと分かっている。
なので、2人のお楽しみの時間が始まるのだ。
ポテチをボロボロと零し、コップには次々とコーラを注ぐ。
対戦ゲームを熱中した後は、協力ゲーとやりたい放題。
「ちょっ、遥ヘルプヘルプ。このままじゃ俺死ぬ!」
「アンちゃん、3秒持ちこたえて。回復するから!」
「よっしゃ、回復した。これでボスが……やったか!!」
派手なエフェクトと共に、ボスの撃破ムービーが流れ、大はしゃぎの2人。
遥の回復のおかげでボスが倒せたことで満足の優斗が、思わず遥の頭を撫でる。
特に他意はない。ただただ嬉しくて思わず手が出てしまっただけ。
だが、撫でられた遥はそうではなかった。
今まで彼女の心に中に仕舞っていた欲望を解き放つには、十分過ぎたのだ。
「んー……よっと」
「お、おい。遥!?」
「ほら、アンちゃん。次のステージ始まるよ」
「お、おう」
それはすなわち、甘えたいという欲望である。
彩音が望むから、あえて甘えるようにしていた遥だが、心の底ではそれすらもお姉ちゃんとしての枷になっていたのだ。
その枷から自分を解いてくれる存在が「アンちゃん」だった。例え年下のクソガキ扱いでも嬉しかった。
だというのに、頭を撫でられてしまった事で、彼女の中でリミッターが外れたのだろう。
顔を赤らめながら、優斗の膝の上に座りなおす遥。
流石に引っ付き過ぎではと思う優斗だが、退かそうとしないのは思春期だからだろう。
ふざけて退かされたのなら、彼女の中でもう一度リミッターはかけられたかもしれない。
結局、ゲームを終わるまで優斗が遥を退かす事はなかった。
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