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1−6 勝者のゲーム

前回の簡単なあらすじです!



絶望的な状況に追い込まれながらも、状況がループしていること、そして懐中時計が打開の一手に

なることに気が付くヨハン。

脱出に一縷の望みを見つけた彼は・・・

闘志にみなぎる両目を鋭く光らせ、ヨハンは地を鳴らすように勇ましく歩き始める。

考えてみれば、こんな気持ちになったのはこの森に来てから初めてだったかもしれない。


ずっと弱気になっていた自分が不思議なほどに、今では戦いのファンファーレが脳内に響き渡り、観衆の声さえ聞こえてくるようだった。


雨が激しさを増し、ともすればバッグが手から滑り落ちてしまいそうだ。

バランスを取りながらバッグを握りなおすと、中で工具がカチャカチャと擦れる音がした。

改めて右腕にしっくりと感じる重量に、決意はさらに強固なものとなった。


霧と大粒の雨で遮られた視界の中、ヨハンは周囲の足元を見渡し状況が変わりつつあることをはっきりと理解した。

今までぬかるんで、まるで泥の中に囚われているとさえ感じていた地面に、固い反発を感じたからだ。

水分を含み色が濃くなったこげ茶色の革靴から、そのことが如実に伝わる。


足元から徐々に視線を移していくと、殺風景で代わり映えのない切って貼ったような景色だった木々の根元に、小さく光る蛍光色の黄色い石を発見した。

それは一つ、二つではなく幾つか転がっており、外皮は普通の石に黄色がかったものだったが、いくつか割れて中がむき出しになったものは、強い蛍光色を放っていた。


ヨハンはこの石を見ながらも、森でたびたび感じる異様な匂いを思い出し、歩きながらも思考を巡らせた。

嗅いできた匂いは常に腐敗臭や死臭といった匂いだった・・。

真っ先に念頭に浮かぶのは、(一周前の世界ではあるが)鳥など生物の死骸から発されるものだろう。

この森がどれほど広いのかはわからないが、少なくとも10分やそこら歩いたほどでは到底出口は見えてこない。

それならば、この森の中では動物の(むくろ)が山ほどあって、そのせいで悪臭が立ち込めているという説明も納得がいく。


しかし、少しといえども歩いてきた道のりで、出会った死骸、正しくは出会ったことのある死骸は鳥と百歩譲ってミミズくらいなもの。

しかも三週目になる今回では鳥は生きていたし、ミミズがどうなっているかなど知る由もない。

そもそも匂いの発信源を深く考えることに意味があるのか?

そんな気の迷いを感じながらも、もしかしたら脱出のヒントになるかもしれないだろうという考えが頭をもたげ、ヨハンの足取りは重くなる。


考えてもわからないことばかりな状況で、再燃していた勇気の灯が小さくなる。

これはいけない。と首を横に振る。

そもそもこの森に常識は通用しない。解明できるに越したことはないが、できなかったからといって落ち込むこともないだろう。

心の中でひときわ明るい松明を持つ自分が、弱気になるもう一人の自分にそう声をかける。


ふと大空に舞った一羽の鳥を思い出し、バッグの横ポケットに視線と意識を移す。

大丈夫、大丈夫。

そんな言葉が自然とこぼれていた。

どんな時でも自分の弱さに負けない。恐怖に飲まれてはいけない。

負の感情の存在を認めても、それに溺れることは良しとしない。

それはあの鳥からの啓示だ。


兜の緒を締めるかのように引き締まった気持ちになり、ヨハンは軽く息を吸い込む。

酸素濃度が薄いのか、かなり呼吸がしづらく、やはり大きく咳込んでしまうが、それでも眼力を込め、

心の戦闘意志を示し続けた。


ここまでの誇り高い気持ちを持ち続けるのは、彼が孤独を感じていないことも理由の一つだった。

バッグから取り出すユーカリの薬を見て、無尽蔵に沸き立つ戦意に合点がいった。

必ず生きて帰る。そしていつでもエヴァに誇れる父でいる。


この奇々怪々な大海原で何度か座礁したヨハンという船は、自身を食い止める強力な錨を獲得していた。

心中にあるその大きな錨は、恐怖や生への渇望という波で流されてしまいそうになる小さな子船を、あるべき場所で確実にとどめてくれていたのだった。


一段と冷え込む温度に反比例するかのように上昇する体温と心の熱を纏い、船は前進を続ける。

どれほど歩いたのだろうか。

そう気になり、足元がほのかに黄色に照らされる地面を背景に、ヨハンはおもむろに時計を覗いた。


時刻は既に11時31分を指していた。

前回時計を見てから30分弱が経とうとしていることに気づき、思わず驚嘆する。


兼ねてから呼吸の苦しさは感じていたものの、これだけの長距離を歩き続ければ当然なような気がして、納得とねぎらいの言葉を自分に向ける。


そういえばここまで黒い影と遭遇していないが、奴らはどこに行ったのだろう。

待ち望んでいるわけではないが、恐怖の対象である奴らを意識の外に置くことは難しかった。

長距離移動の疲労感に加え、五感すべての緊張状態を維持したままでは、流石に集中力も散漫になる。

強い意志で持ちこたえてはいるが、見る風景、聞こえる音などにここまで変化がないと、穴の開いたバケツに水を注ぐように、この警戒態勢が無意味なものにも感じてしまう。


白い息を吐きながらそんなことを考え、コツコツと革靴をならして進み続ける。

すると、どこかで聞き覚えのある、隙間風のような鳴き声が聞こえ、一瞬にして嫌悪していた緊張感が戻ってくる。

その瞬間、ヨハンは全身の毛が逆立ち、筋肉のこわばりを感じずにはいられなかった。

歩みを止め、腰を軽く落として前傾姿勢になる。

スポーツ選手が相手の反応を見るがごときその体勢は、スポーツに精通していなかった彼ですら無意識にとるほど、彼は全神経で臨戦態勢を整えていた。


目の前に姿を現した黒い影をじっと見つめる。

数々の修羅場を潜り抜けてきた経験からか、焦る気持ちは鳴りを潜めていた。

相手の姿を上から下までじっくりと観察し、どんな動きが来るのか、何が起きるかを正確に予測しようとしていた。

ヨハンが黒い影と対峙するのは、これが三度目であった。

そして前回二度の接敵の際、黒い影の形状が異なることもしっかりと把握していた。


一度目は130cmほどで、重量物を重そうに扱う、(黒い影がそうかは別だが)我々の感覚でいうところの子供のようだった。

二度目の遭遇ではあまりに一瞬のことだったから詳細までは把握できていないものの、それよりは大柄でスピ―ドに長けていた。

だからこそあの閃光のような突進だったのだ。


ここまでの状況を(つぶさ)に思い返すと、今回の黒い影にも何かしらの特徴があるはず。

ヨハンは戦闘準備の整った姿勢のまま、相手のおぼろげな姿から何かの情報を得ようと目を凝らした。


すると、観察するまでもなく、黒い影は今までの個体とは大きく異なる特徴を示した。




遂に4度目の対峙!!

ヨハン、どうやって乗り越える!?


次回に続きます!

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