1-1 搾取の入口
桃田どんぶら子と申します!
いつか自分で作った作品を発表してみたいと思っていたので、今回発表してみました!
拙い文章ですが、最後まで書きたいと思っておりますのでよろしくお願いします!
窓の隙間から朝日が差し込み、薄い瞼を通じてオレンジ色の光が朝を伝える。
ゆっくりと目をあけながら、ぬくもりが残ったままのベットから体を起こし、咳を一つしながらヨハンは軋む階段を下りていく。
「おはようございます。朝食の準備はできていますよ。」
いつもと変わらないエリザの優しい声にああ、と返し、焼き立てのパンにバターを塗った。
「お父様おはようございます」
「おはようエヴァ」
「今日もカール先生から依頼のあった時計の作成をされるのですか?」
「いや、今日は別件でね」
「別件?」
エヴァはきょとんとした顔で聞き返す。
「ああ、以前にも伝えてあっただろう」
ヨハンはバターのしみ込んだパンを口に運び答える。
「出張修理の件ですよね?お父様、こちらを」
淹れたてのハチミツ入りレモンティーをヨハンの前に置き、エリザが答え合わせをする。
「そうだ」
湯気の立つレモンの香りを軽く吸い込む。
むせるのを我慢するように眉間にしわを寄せ、ヨハンは返した。
「ああっ!忘れていました!今日がその日だったのですね!シュヴァルデンの商人からの依頼ですよね?なんでもおっきな屋敷に住んでいる、とても高価な振り子時計の!」
赤毛の先にバターがついてしまっていることに気づかないほど前のめりになり、エヴァは頬にほの赤い色を湛え興奮気味で話す。
「どこの時計なのでしょうか?フランスであればクロード・シャペ作のものかもしれませんし、でも、振り子時計といえばグラハム作のものですかね・・・?そうとなれば精密性は高いですから、グラディウスは」
「そこまでは分からない。パンが冷めてしまうぞ。」
話し続けるエヴァを遮り、ヨハンは淡々と食事を続ける。
だがその困ったような表情の口元には、時計に興味を示す娘への喜び、期待がにじみ出ていた。
「ほんとにエヴァったら・・・すみません」
そう言葉にするエリザと目が合う。
互いに困ったような笑顔を投げかけながらも、一家団欒の空気がそこにはあった。
髪についてしまったバターを拭いながらも食事をするエヴァをしり目に、素早く朝食を済ませたヨハンは席を立ち作業部屋に向かった。
鈍く軋む音を立てる重い扉を開けると、そこにはいくつもの時計が壁に掛けられていた。
大きな振り子の風切り音、秒針が時を刻む駆動音・・・様々な音が駆け巡る中、金色の装飾が朝日を反射させ機械仕掛けの部屋に一筋の明かりを差し込んでいた。
ここがヨハンの作業部屋だ。
叔父から受け継いだ傷だらけの木製机は、ヨハンの誇りであり意志そのものであったし、油のしみ込んだその素材からは時の流れを感じさせた。
整頓された棚からいくつか工具を選び出すと、机の上にバッグを置き出発の準備を進めた。
出張なんて久しぶりだな、と思いを巡らせながら、手際よく工具を入れていく。
準備が終わりジャケットに着替え戻ると、ユーカリの薬をもったエヴァがどこか物悲しそうな顔をしながら言う。
「お父様!これを」
「ああ、ありがとう」
「いつ頃戻られるのでしょうか・・・?」
「そこまで遅くならない。2、3日で戻るさ」
「そうですか・・・。戻られたら時計の作成をまた手伝わせていただけるんですよね?」
「そうだな。」
エヴァの顔がふっと緩む。
「わかりました!それまでは家の手伝いを頑張ります!」
「母さんを頼むよ。」
エヴァに微笑みかけると玄関から御者の声が聞こえた。
「馬車が到着しました!」
工具を詰めたバッグを持ち上げる。
右腕からズシリと感じるその重みはもう若くないことを伝えているかのようだった。
玄関で馬車の御者と話すエリザのもとへ向かう。
磨かれた靴を履き靴紐をキュッと締め、ジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出すと、丁寧に手入れされた文字盤が時を伝える。8時13分。
「あなた、気をつけてくださいね」
「ありがとう。エヴァを頼んだよ」
「はい」
落ち着いた声で柔らかな笑顔を見せ、エリザは答えた。
馬車の荷台にバッグを乗せ、ヨハンは馬車へ乗り込んだ。
御者が手綱を引き馬車が動き出す。
軽く振り返ると家の前でエリザとエヴァが見送りをしてくれていた。
笑顔で手を振り返すほんの一瞬、二人のシルエットがボヤっと淡く目に映った。
とうとう私も年だな・・・と考えるヨハンからもう二人は遠く小さくなっていたのであった。
カタカタと揺れていた馬車の振動が緩やかになっていく。
「旦那、そろそろ到着しますぞ」
御者が首を後ろにもたげ、こちらに声をかける。
「ありがとう」
肘を窓枠につき、物思いに耽っていたヨハンはそう返した。
どのくらいの長さだろうか、とおもい懐中時計をちらりと見る。
時計の文字盤は10時44分を指していた。
2時間半ほど乗っていたとは思えないほどの体の疲労感と倦怠感が、どっとあふれ出した。
体中の血の巡りが悪く、まるで濁って底が見えない川に肩までどっぷり浸かりきったような気持ち悪さを感じながらも、ヨハンは笑顔を作り御者に代金を支払った。
軽く伸びをし空を見上げると、朝の陽ざしとは打って変わって厚い雲が上空を覆っていた。
右手にあるバッグを持ち直し、ジャケットに入れておいたメモと地図を取り出す。
「道は・・・こっちか?」
ヨハンが時計職人として生計を立てるようになってから20年以上は経っていたし、出張で時計の修理をすることなんで数えきれないほど請け負ってきた。
しかし、そんな彼ですらこれほど遠方から依頼を受けたのは片手に収まるほどであった。
このシュヴァルデンという未踏の地は、依頼主のような大商人こそ多かったものの、それこそ時計職人だって数多くいることは想像に難くない。
それでもヨハンの腕の良さを聞きつけて手紙で依頼をくれたことは職人としてこれ以上の幸せはない。
そんな内に秘めた熱い思いを無意識のうちにかみしめながら歩いていくと、道は大きな森へとつながっていた。
道を間違えたのか?とヨハンは思った。だが折り目のついた地図を何度見ても、ここが調べたルートだった。
「ふう・・・」
微かな苛立ちを隠すように軽く息を吐き、ヨハンは森へ入って行った。
その時だった。
まるで辞書のように分厚い空気の膜のようなものが、体を一瞬通り抜けた。
ブウン、と鈍く体の芯に響く不快な音が鼓膜を覆ったかと思うと、ヨハンは絶句した。
真っ暗な森の真ん中にいたのだ。
理解が追いつかない意識の中で、ヨハンは必死に周りを見渡した。
今にもむせてしまいそうなほどにびっしりと繁殖したコケ、やせ細り腐敗した木々、そんな木々に絡まるツタ、足元にはおびただしいほどに列をなす蟻の大群が運んでいるのは、小さな蛇かと錯覚させるほど細く長いミミズ・・・。
目から入る情報すべてが生気を失い、息もできないほどの負の湿度を充満させたものであった。
「・・・!」
言葉が出ないほどの光景に囲まれた瞬間、酸素を奪われたような苦しみを刹那に感じ、ヨハンは激しく咳込んだ。
エヴァが渡してくれたユーカリの薬をバッグの横ポケットから取り出し、水を求める魚のように必死に吸い込んだ。
「ふーっ・・・ふーっ・・・」
あまりの状況に持病である肺の疾患が悪化したのか。苦しさからの開放で不思議と冷静になれたヨハンはそんなことを考えた。
荒れる呼吸を何とか整え、もう一度あたりを見渡す。
自分の目がおかしくなったのかと思うほど、モノクロの世界。それも白の極端に少ない、いわば黒に侵されたモノクロのようであった。間違いなく物体には鮮やかな色がある。だがすべてが「死んでいる」。そんなイメージをヨハンは第六感で感じていた。
ふと気がつき空を見上げると、厚さを増した雲は手が届きそうなほど低く、そこからは小雨が降り始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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