書籍発売記念SS
森の拠点を出たノクスとララニカは、新しい家を求めて旅に出た。お互いの左手の薬指には夫婦である指輪がはまっていて、互いに愛を誓っているので間違いなく二人は夫婦だ。
ただ、正式な結婚式というものは行っていない。ララニカは神に愛など誓いたくないと考えているし、ノクスは日蔭者で、二人とも結婚を祝う知り合いなどいないから、挙式が必要ないのである。
だが、栄えた街を歩いている時にふと花嫁衣裳が目に留まった。それを着たララニカはきっと、とても美しいだろうと想像してしまったのだ。
「……それ、欲しいの? とても動きづらそうだけど、華やかよね」
ノクスが足を止めて見てしまったため、ララニカも気になったようだ。彼女は元々全く違う文化の"空の国"にいた上、長らく森に引きこもっていたから現代の結婚衣装、ウェディングドレスを知らない。それを見た感想が「動きづらそう」というのが彼女らしくて苦笑した。
「……これを見てたってことは、着てほしいの?」
ララニカにはすでに様々な服を買っては着てもらっている。森の生活でなくなったのだから、愛らしい服や綺麗な服を着る方が街の中では自然だと理由付けしたが、本音はノクスが着てほしいだけだ。彼女もそれを理解している節があるのでこう尋ねられたのだろう。
「これは結婚式の花嫁装束だよ。……俺たちは式を挙げる予定、ないからね」
「まあ、そうね。神に誓う愛なんて子供の口約束より軽いもの」
「……うん」
ララニカは神の遣いを助けたことで一族ごと不老不死の祝福を受けた。それが彼女の不幸の始まりだ。神に対する感情は、良いものではないだろう。
(結婚式はしなくていい。神父も教会も祝福者もいらない。……でも、これを着たララニカだけは見たいなぁ……でも、嫌かな。儀式服みたいなものだし)
婚約者の裏切りに合い、千年近く苦しい時を生きてきた彼女が死ぬまでの間を、限りなく幸福に過ごさせたいとノクスは願っている。この恋が叶い夫婦となって浮かれている部分ももちろんあるし、好きな相手にしてほしいと思うことや彼女に抱く欲があるのは否定しないが、彼女の幸福が大前提だ。
「別に着るだけならいいわよ。……それとも結婚式を挙げないと着てはいけないルールがあるのかしら」
「そんなことはないけど……いいの?」
「いいと言ってるじゃない。……そんな顔されたら何かしてあげたくなるでしょ」
果たして自分はどんな顔をしていたのだろうか。店の中に入っていくララニカの後をついていきながら、自分の顔を軽く触った。……現在、口元が緩んでにやけていることしか分からなかった。
「いらっしゃいませ。どのような御用でしょうか?」
「彼女の花嫁装束を選ぼうと思いましてね」
現在のノクスとララニカは、この街を拠点に家探しをしている状態で、それなりに裕福そうな身なりをしている。家や土地を買うにも侮られないようにするためだ。
店員も笑顔で丁寧に対応し、ララニカに合うドレスを見繕ってくれた。その中から最も彼女に似合うデザインを選び、店にあるものを試着してもらう。それが気に入ればララニカの体に合わせて新たに仕立てる、という話だったのだが――。
「……どうかしら。貴方の希望に添えてる?」
女性店員に連れられ、ドレスを試着して戻ってきたララニカを前にノクスは息を飲んだ。ノクスを接待していた男性店員が興奮気味に「お美しい!」とか「お似合いです!」とか言っているのは分かるのに、ララニカから目が離せないでいる。
純白のドレスにララニカの美しい金はよく映える。これを日の元で見ればさぞ美しいだろう。けれど。
「……脱いできて」
「……そう、分かったわ」
ノクスの様子に首を傾げながら再び試着室に向かうララニカを見送ると、残った店員が焦った様子で話しかけてきた。「とてもよくお似合いでした」「とてもお美しかった」なんて言われなくても分かっている。「是非うちのドレスを着てお写真を撮り飾らせていただけませんか」とまで言われ、ノクスは無言で首を振った。
私服に着替えて戻ってきたララニカを連れて店を出ると、店員は明らかに落胆した様子であったが、もうララニカに花嫁装束を着せることはないだろうから関係ない。
「期待には応えられなかったようね。……似合わなかった?」
「いや、そうじゃないよ」
よく分からないという顔でノクスを見上げるララニカに、ノクスは真剣に答えた。
「誰にも見せられないくらい綺麗だった。だから、もう着ないで。あの店員の目を潰さなかっただけ俺はよく我慢したと思う」
「…………貴方って、時々本当に馬鹿よね」
仕方なさそうに呆れたため息を吐くララニカはいつも通りとても綺麗だ。着飾らなくても美しい。……だから、あの姿はノクスの心の中に留めておくとしよう。
本日7/25、オーバーラップノベルスfさんから書籍が発売になります。
新キャラも追加でたくさん加筆しました。とても素敵な表紙なので、是非カバーだけでも見てやってください。
よろしくお願いいたします。




