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OoL/IN SAGA 国立軍附属魔法化学士アカデミー  作者: Team B.D.T.
第2話 魔法化学
5/12

Phase 5 魔法化学の授業

 空には雲一つなく、快晴がどこまでも広がっている。

 日高玲が国立軍附属魔法化学士アカデミー・アルカディア校に編入して数日が過ぎた。

 トレーニングウェアに着替えた玲はクラスメイトとともに運動場にいた。

 あの日作戦司令室で目覚めた直後にホログラムモニター越しに見ていたところだ。次の授業は『マジカルアーツ理論』という科目で魔法化学を用いた格闘の理論と実戦を行うものらしい。

「なあ、『マジカルアーツ理論』の担当教師って晴気(はれぎ)先生だろ? あの戦場帰りだっていう……」

「メチャクチャ強くて、理事長がヘッドハンティングしてきたって聞いたことあるぞ」

 話題になっている晴気(はれぎ)雪也(ゆきや)とは玲も面識がある。けれど、経歴は知らなかったので玲は内心驚きつつ、耳を傾けていた。

「でもさ、いつも物腰柔らかで親切だよね」

「ね。怖い人かと思ったけど、超カッコいいし!」

 男子たちに続き、女子たちも頷き合っている。ただ晴気への印象はかなり差がある。玲も戦場帰りという雰囲気を彼から感じたことはなかった。

「ごめんね、遅れちゃって」

 小走りで現れた晴気雪也に生徒の視線が集まる。こうして目の前にいる彼を見ていても、兵士だったとは思えない。

「『マジカルアーツ理論』を担当する晴気(はれぎ)雪也(ゆきや)です。初回の今日はガイダンスとして、私が時々実演しながら魔法化学の基礎をおさらいするという形にしたいと思っています」

 晴気のピンと立てられた人差し指の先端に、ジュッとライターのように火がつくと、徐々に彼の右手を炎が覆っていく。

 その様子に玲は目を見開いた。周囲の生徒たちも「おぉ……」「すげぇ」と感嘆をこぼしている。

「こんなことができるのは、魔法化学の根幹をなす《IN[ルビ:イン]粒子》と《OoL(ウール)粒子》の作用のおかげということはみんな知っているね?」

 相槌を打つように玲の周囲にいる生徒たちは一様に頷いている。晴気は炎を一瞬で消し去る。

「ここで一つ質問です。この二つの粒子、それぞれの特徴を端的に説明できる人~」

 教師の問いかけに多くの手が上がる。

「では、嬉野(うれしの)千結(ちゆ)さん」

 晴気は玲の隣に立つ女子生徒を指名した。彼女は編入初日から玲に時おり話しかけてきてくれるので、名前も覚えている。

「はい。えっと……《OoL(ウール)粒子》は人の生命力や強い意志などのポジティブな感情に反応し作用します。反対に《IN(イン)粒子》はネガティブな感情に反応します」

「ありがとう。でも今述べてもらったのは俗説だね。《OoL(ウール)粒子》は、生命力をエネルギーや物質に変換。そして《IN(イン)粒子》はエネルギーを生命力に変換し吸収するというのが学界では最も有力な説なんだ」

 なるほどと玲は無言で頷く。まさにこの二つの粒子は互いに正反対の性質を有しているようだ。

「さっき炎が燃え上がったのは、私の生命力をエネルギーに変換し続けた結果、発熱、発火に至ったというわけ。《IN(イン)粒子》では、逆の現象が起きると考えられている」

 晴気は左手で盾を思わせる大きな六角形の氷の膜を作り出してみせた。

「しかし、これらの粒子についてはまだ解明されていないことが多く、いまだに諸説あるんだ。だから、嬉野さんの回答もイメージを掴むという点では役に立つんだよね」

 晴気は続けて、粒子を発見するきっかけになったOO(デュアルオー)鉱石に言及した。

 これらの粒子を主要構成物とするOO(デュアルオー)鉱石が、一九六〇年代頃まで栄えた杵島(きしま)炭鉱の坑道跡から見つかった。この発見により魔法化学という革新的なテクノロジーが誕生し、日本だけでなく世界の有り様を大きく変えた。このことは玲も以前から知っている。

 マジック・デバイスにはどれも微量ながら基盤部分にこの不思議な鉱石が使われている。

 玲は学校から提供されたマジック・デバイスに目を落とす。ブレスレット型で、今まで使っていたものと見た目はさほど変わらない。しかし、やろうと思えば人を殺傷することさえ可能な機能が備わっていることに、玲は少なからず怖さを覚えてしまう。

(……僕に戦うことなんてできるのかな?)

 今も晴気は何やら説明を続けている。生徒たちは表情を引き締め、晴気の言葉を聞いているように見えた。音としては玲の耳にも入ってくるものの、頭に入ってこない。

 これが玲と周囲のクラスメイトたちとの意識の差、あるいは覚悟の差なのだろうか。

 クラプターに襲われ、朝日に助けられ、龍造寺や晴気たちに求められて玲はアルカディア校の生徒となった。しかしまだ魔法化学士になるという意識が希薄だと玲自身が感じていた。

これからこの学校でやっていけるのか、と玲の中で不安は大きくなっている。思わず玲がため息をつきたくなった――そんな時、不意に後ろから肩を軽く叩かれる。

「なあ、日高」

 ドキリとしながら玲はゆっくり振り返る。

「……松原くん?」

 彼の名前は、松原(まつばら)武史(たけし)。玲はまだ同級生全員の名前と顔が一致していないので、間違っている可能性がある。

「松原でいいって。それより聞きたいことがある」

 小声の武史に頷いて、玲は続きを促す。

「クラプターに襲われてたところを鬼丸朝日先輩に助けてもらったって本当なのか? 実は噂になってんだよ」

「噂になってる……?」

「そりゃ、あの鬼丸先輩だからな。で、どうなんだ?」

「本当だよ、助けてもらった。先輩は刀でクラプターと戦って」

 あの時のことは特に口止めされていないし、大丈夫だろう。

「おぉ……さすが鬼丸先輩! 高等部の生徒でありながらクラプターを倒すとか……超カッコよすぎだろ! 美人で成績優秀完全無欠かよ……女神の化身か? そうに決まってる! ああ、俺も助けてもらいたいなぁ。羨ましすぎるぞ!」

 早口な上だんだん声のボリュームが大きくなっている。自問自答したり欲望を漏らしたり、と――とにかく目の前の武史は忙しかった。

 彼の様子にさすがに玲も困惑してしまう。

「えっと……松原は鬼丸先輩が好きなの?」

「好きなんか通り越して、崇め奉りたいくらいだぜ!」

 その声に驚くとともに玲は今が授業中だと思い出し、冷や汗をかいた。周囲の視線は玲より武史に向けられている。みんながみんな「またか……」と呆れた感じで見ている。

「す、少し落ち着いて……静かに」

 興奮気味のクラスメイトを玲は宥める。

「そうだね。お喋りは授業後で頼むよ」

 晴気に注意され、「すみません」と添えて玲は武史と一緒に頭を下げる。

「そうだ。日高くんには一つクイズを出そうかな」

 にこりと微笑む晴気に玲は首を傾げた。

「……僕ですか?」

 編入したばかりで授業中に解答を求められるとは思っていなかった。

「気軽に答えてくれればいいよ。これから十秒後に氷を出すから、どっちの手から発生させるか当ててみて」

 教師の思い付きから玲に注目が集まる。私語の時以上だ。晴気の行動はそれほど奇異なものなのだろうか?

晴気は見えやすいように手のひらを上にして両手を前に突き出した。

「それじゃ行くよ。十、九……」

 思わず分かりませんと言おうとしたその時、微かに黒い煙が見えた。

「……!」

 玲が今までずっと見てきた、人から漏れ出す黒い霧だ。不思議と普段のような嫌な感じはしない。いっそう目を凝らす玲には予感めいたものがあった。

黒い霧が漂っているのは右手かそれとも左手か?

いや――。

「両手です!」

 玲が答えると同時に晴気は両手から無数の小さな氷の粒を降らせた。一瞬だけ春に雪が降ったような光景が広がる。

 玲たちの頭に小さな粒が落ちてくる。

「ふふ、正解だ。ちょっと意地悪なクイズだったんだけどね。うーん、やはり興味深いなぁ」

 晴気は満足げに頷いている。

その一方で、生徒たちからはどよめきが起きていた。――マジ? 晴気先生と事前に打ち合わせでもしてたんじゃない? 答えを聞いて先生が両手から出したとか?

 自らの推測を述べる声が聞こえてくる。どうやら玲が自力で当てたとはあまり思われていないようだ。

(自分でもよく分かってないし、しょうがないよね)

玲は苦笑しつつ、視線を泳がせた。

すると、まじまじと玲を見てくる嬉野(うれしの)千結(ちゆ)と目が合った。大きな瞳ですごく見てくる。

「みんなのその反応も分かるよ。魔法化学は学問だ。気になったことはどんどん観察し考察するのは悪くない。日高君もう少し協力してもらえる?」

「はい、構いません」

 玲の返事を聞いて千結が我先にと玲に近づく。彼女は自分で確認したくて堪らないといった感じだ。

「ねえ、日高くん……今度はわたしが氷を出してみるから当ててみてくれる?」

「うん」

千結はやや緊張した面持ちで手のひらを玲の前に差し出した。

「いいかな……? 十秒後ね。じゅーぅ、きゅーぅ……」

 千結がゆっくりカウントダウンを始めると、彼女の右手の周りに黒い霧が薄っすらと現れる。晴気よりも分かりやすい。

「にぃ……いーちぃ」

「右手かな」

 玲が解答すると同時に彼女の右手のひらに氷の粒がころんと転がった。

「えぇ……すごい!」

 驚いた千結が瞳を瞬かせながら、もう一歩玲に近づいた。

「どうして分かったの? なんで?」

「えっと……」

 魔法化学士を目指している千結たちクラスメイトならば、黒い霧のことを言ってもいいのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎるが、玲はどうしても躊躇してしまう。

「……何となくかな。すごく感覚的なことで、うまく説明はできないんだ……」

 玲ははぐらかそうとした。今までの経験が玲の心を捕らえて、なかなか新たな一歩が踏み出せない。

 歯切れの悪い玲の周りに徐々に同級生たちが集まってきている。

「……え?」

 玲の困惑をよそに、順番を決めている。みんな晴気や千結がやったように玲にどちらの手で魔法化学を使うか答えてほしいとのことだった。

その後、玲は希望者がいなくなるまで何度も氷が出てくる方の手を指さし続けた。ずっと正解する玲に対する反応はおおむね興奮と驚きだった。

この一件で、玲が編入してきた理由にクラスメイトたちは納得したのか、話しかけてくるようになった。武史に限っては「こんな逸材を助けるなんて、さすが鬼丸先輩だぜ」と変な喜び方をしていて、玲も笑ってしまった。

 クラプター討伐を担う特別な魔法化学士・MaCHINZR(マシンザー)になれという龍造寺たちの期待を玲は重すぎると今も感じている。

しかし、それでも――誰かに必要とされる自分になりたい。

 疎まれるのでなく、遠ざけられるのでもなく。

 何度も玲を苦しめてきた黒い霧が見える紫の瞳だが、本当は何か意味があるのかもしれない。玲は初めてそう思えた。

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